足音が聞こえない
下校途中、俺と彼女は並んで歩いていた。
しかも仲良く手を繋ぎながら。
色んなことを喋っていく。
学校のこと、友達のこと、授業のこと…。
俺の顔がとろけるように、優しいものとなる。
まるでライオンがメスを毛づくろいするような、そんな恋愛感情。
俺は彼女の話を、ふんふんと聞いていたのだった。
するとその時、
「え…」
俺は思わず口に出し、すぐに閉じる。
前から来た黒ずくめの男性がこちらに近寄って来るのだが、足音がしないのに気づく。
俺は耳がいいので、まさか足音が消えているなんて、初めてのことだった。
しかも殺気を抑えているらしく、今のところは大人しいシャチみたいに、堂々と歩いてくる。
「どうしたの?」
彼女が急に足を止めたのにびっくりしているので、俺は彼女を守ろうと前に出る。
じっと男性を見つめること、数秒。
長い時に感じられ、汗をかいてくる。
ライオンがシャチに狙われているような、そんな危機感をもつ。
男性はちらりとこららを見たので、俺は見ないつもりで流す。
男性はふいと目を背けると、行ってしまう。
彼女は心配するように、袖を引っ張ってくるが、俺は手を叩いて安心させる。
ちらりと振り返ると、男性はもう姿を消していた。
俺は唾液を飲み込むと、安堵の息を吐き出す。
それから顔を押さえると、彼女に言う。
「今の人について言うなよ」
「…え? どうして?」
「どうしてもだ、もしかしたら…その」
俺が言おうかどうしようか迷ったが、彼女が不安そうに腕を掴んでくるので、小声で言う。
「足音がしなかった。もしかしたら…暗殺者かもしれない」
「え…!?」
「しっ!!」
俺は周りを警戒し、視線を素早く走らせる。
ライオンがメスを大事にしようとしているみたいに、まだ身体が緊張状態にあった。
彼女は口に手を当てると、小声で言ってくる。
「分かった。内緒にする」
「おう。お前を信じる」
ぎゅっと手を握ると、力が返ってくる。
彼女を不安にしてたまるかと、俺は明るく言う。
「この話は終わり。それよりも…」
「それよりも?」
「えっと、その」
言い淀んでいると、声だけが聞こえてくる。
「ーお前だけだ。俺の足音がしないのに気づいたのは」
「…」
俺ははっとし、振り返る。
しかし、誰の姿もない。
子ども達がはしゃいで帰っていくのだった。
彼女が「大丈夫?」と俺の顔の前で手を振る。
俺は彼女を背中に隠すと、じっと待つ。
相手は「くっく」と笑うと、
「そんなに警戒しなくていい」
「…そうですか」
乾いた口で答えると、男性の声が耳に響く。
「お前、俺と同じ匂いがするな」
「…どうでしょう?」
「誰と話しているの?」
彼女が背中を引っ張ってきたので、手を叩いて安心させてやる。
「ー気に入った。俺の世界に来ないか?」
「それはどうも。でも…俺は光のある場所にいたいので、お断りさせていただきます」
シャチに海の中に沈められないように、俺は汗をかきながら言葉を選ぶ。
男性はまた声を立てて笑うと、
「彼女、大事にしろよ。じゃあな」
それで交信が切れた。
俺ははあっと息を吐き出し、その場にうずくまる。
「大丈夫!? ねえ!!」
「大丈夫だ。静かにしろ」
「うん」
彼女は一緒にかがみ、顔を覗き込もうとする。
しかし触れてはこなかった。
今、殺気立っているのが分かるのか、空気の読める彼女で良かったと思う。
しばらくして安心を確認すると、俺は彼女の手を取って、立ち上がる。
「帰ろうか」
「そうしよう。今日はゆっくり休んだほうがいいよ」
彼女はようやく表情を緩めたので、俺も普通に戻ったのだった。




