第7話「傷」
真っ暗な世界の中。また光が見える。そこへと行きたくはない。いつもそう思ってた。でも、今は体が抗うことを忘れている。体が浮き上がる感覚と、光への距離が近くなっていく。
段々と光が近くなるにつれて、目の前の世界の割合を多くしていく。眩しくても、目をつぶることが出来ない、つぶっても見えてしまう光だからだ。
光が視界の全てを奪うと、中村は目覚めた。体はプールで浮き、薄暗い空が見える。少しの間ボーッとしていた。すると視界に雪が現れた。
「死ねなかったね。でも、なんとなく感覚は掴めたよ。あれで、中村くんが目覚めなければ成功ってことでいいんだよね。」
「あぁ、うん。」
「どうしたの?」
「なんだろ。いつもと違う感覚だったんだよ。死んだ時、いつも光が見えて、それに抗ってた。意識しなくても。でも、今回は体が抗うことを諦めてた気がして。」
「なんでだろ、私が関与したからかな?」
「でも、目覚めはいつもより悪くはなかった。見れたのが星空ならもっと良かったのにな。」
「何それ、フフ。」
彼女の声は水の中でも聞こえる。
水の中では独特の声になっているようにも感じるのだ。普通に聞くよりも籠っていて聞こえずらいはず。それでも水に浮いていることと同じぐらい心地よかった。
2人はプールから上がった。今日はそんなに風がないことが救いだったが、寒い事には変わりない。更衣室にはタオルがあった。いつ、誰が使ったものなのかも分からないが、凍えているよりはマシだ。体の水を吸い取り、校内へと戻った。
入った時のコツコツという靴の足音とは別で、今は裸足、そして濡れているからピチャピチャと音を立てている。
2つの机を並べた部屋に戻り、タオルで身を包み暖をとった。
「楽しかったよ。あんな経験、初めてなきがする。小学校の頃から俺は周りから距離を置かれてた。友達なんてできずに、ずっと1人で生きてきた。でも、今はユキが友達になってくれた。」
「私もあんなに楽しかったのは久しぶりだよ。心の底から楽しめたのなんて初めてなんじゃないかって思うほど。」
「これで、お互い幸せな気持ちで死ねるんじゃないかな。これからも、手伝いよろしく。その度に楽しい思い出でも作ろう。」
「…うん。そうだね。お礼だもん。」
舞い上がっていた。完全に上の空ってやつだ。人生で初めての経験。友達ができて、笑いあって幸せな気持ちになった。中村にとって、かけがえのない思い出へと変わっていくものだ。それは雪も同じだろう。
代わり映えのしない日々に現れた友達。
死ぬことを手伝ってくれる人なんて、最初は頭がおかしいんじゃないかって思った。でも、今は必要以上に彼女を求めてしまっている気がしている。
雪は教室をウロウロした。少し暖まり、探索を再開したみたいだ。
「あ!ねぇ、これ。カッターあるよ。机に2人の名前、掘ってみない?」
承諾して、まずは雪が机に名前を掘った。
『ゆき』と平仮名で大きく掘れている。次は中村の番。『なかむら』と平仮名で掘り始めた。
最後のらの文字を掘り終わる瞬間にカッターが勢いよく滑り、左手の親指を切った。
「痛った。」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。明日には治る。こんな傷つけたところですぐに消えてくんだ。屋上から飛び降りた時も体の傷は1個もなかったでしょ?アレと同じで傷は気づいたらなくなってるんだ。」
死ぬ準備をしている時に怪我をすることはよくあった。けれど、気がつけば傷は無くなっている。
「もう遅いけど、帰らなくて大丈夫なの?」
「もうそろそろ帰るよ。家もそんなに好きじゃないけど、今はここっていう居場所ができたから。それに中村くんに会うのが楽しみになってきたの。だから、頑張れるよ。」
「そうか。じゃあ、また明日も好きな時にここに来るといいよ。」
暗さが増してきた時、雪は家へと帰っていった。
校門の前で彼女に手を振って見送った。理由はないが、見えなくなったあとも、その場で立ち尽くしていた。




