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死にたがりと君  作者: アズキ


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第15話「死にたい、と、生きたい」

雪はあまり眠れなかったので朝早くに家を出た。弁当を持って、少しばかり、歩く速度を早めて学校へと向かっていたのだ。

まだ朝になったばかりで肌寒い。息は白くならないのが救いな寒さではあった。

歩く速度は上がるのに、気持ちだけが後退していく、そんな感じがする。気持ちを変えることなんて本当にできるのだろうか。昨日の夜から不安は消えていなかった。

でも、学校に行かない訳にはいかなかったのだ。


太陽が出ていないと、世界が少し薄い色をしている気がする。色彩を失い、太陽を求めている。そして太陽が昇った時、やっと色を与えられる。

自分も太陽が欲しくなった。自分自身を照らしてくれれば少しの希望が見えてきそうな気がしたんだ。

結局、学校に着くまで太陽が昇ることはなかった。校門に着いた時に少しだけ違和感があった。昨日は中村が走って自分のところまで来てくれたのに、今日は誰も来ない。もしかして本当に死んでしまったのだろうか。いや、それならこの辺りで倒れているはず、血の跡も何も無い。

雪は恐る恐る、校舎の中に入った。外以上に色を失っているかのような廊下を歩いて、教室に向かう。

教室に中村がいることを心から願った。

でも、教室にはいなかった。空っぽの教室だけ。机は昨日くっつけた時のまま、まだ寄り添っている。

荷物を置いて雪は学校の中を探し回った。色んな教室、色んな部屋、隅々まで探した。どこにもいない。

まだ探していない場所は屋上だけ。

階段を上り屋上の扉の前まで来た。ドアノブを回して外を見るだけ。手でドアノブを握ってみたが、怖くて回せない。なんなら、手が震えていた。

扉を開けた時、本当に中村はそこにいるのか。いなかった時、どうしたらいいのか分からない。

呼吸が少し荒くなり、泣きそうなのを堪えていた。

3分ぐらい経った時、ようやく扉を開ける決心をした。ドアノブを回して扉を押した。

まだ太陽は出ていないが、中に比べれば外は明るかった。

扉の先には中村がいた。


雪は中村を見ると駆け出し、抱きついた。中村も何も言わずに雪のことを抱きしめてくれた。

我慢していた涙が溢れてしまい、初めてハグをした時と同じ状況になってしまったなと少し反省をする。


「ずっと探してたんだから。怖い思いさせないでよ。」


「ごめんね。でも、楽しい思い出も怖い思い出も今日で終わるよ。2人とも幸せのまま死ぬんだから。」


言葉が出なかった。雪の希望を全てぶち壊すような言葉が飛んできたからだ。心に深い釘を刺された気分になってしまった。


「2人で死ぬってどういうこと?」


「昨日の夜、星空を見て考えてたんだ。考えて、考えて、考えた時に1つ思いついたんだ。」


中村は左手の親指を見せてきた。そこには、まだあの時の傷が残っている。かさぶたになってはいるが、赤みが残っていた。


「それ、机に名前を掘った時の?」


「そう。この傷を見る度に考えてたことがあるんだ。なんで、死に戻っても親指の傷だけが消えないんだろうって。でさ、分かったんだよ。ユキと一緒にいたからなんだって。」


雪は中村の目が怖かった。別に自分に恨みがあるとか、この日々に飽き飽きしているとかそんな目じゃなくて、純粋に死を望んでいる目。だからこそ怖かった。自分の意見なんてまるで聞いてはくれなそうだと諦めかけている自分がそこにいる。


「だからって、私と死ぬの?もしそれで死ねなかったら?」


「なんで、そんなことを聞くの?ユキは俺が死ぬのを手伝ってくれるんだよね?それで、俺が死ねたら自分も死ぬって、そう言っていたじゃないか。」


「それは…」


「今更なんなんだよ。俺が死ねなかった時?そんなことを考えさせるな。俺はお前との関係に希望を見たんだ、だから…」


「私は!」


ここで声を荒らげて話さなければいけない。そう感じた時には既に声が出ていた。今までずっと心の奥底に隠していた自分の気持ちを出す、そう早く決めていればどれだけ良かったことか。今更後悔しても遅い。ただ、ほんの少しでも可能性があるのなら、今ここで言いたいことを言ってやる。彼の気持ちを変えたい。

言葉を出す前に涙が出てきてしまっていた。


「あなたと生きてみたくなったの。最初は死ぬのを手伝うって決めてたよ。でも、あんなに楽しい日々を過ごしてたら生きたいって気持ちにならない?私はなったよ。泥沼でも地獄でも中村くんとなら乗り越えられる気がしたから。でも、ずっと死にたいってしか言わないから辛かった。私との日々が中村くんの心に変化をもたらすことをずっと期待してたの。」


「…」


「中村くんは私と生きたいって思わないの?」


中村の顔が曇った。先程の純粋な顔から一変、不満しかないような顔になり、こちらを見つめてきた。


「机は、永遠にあのままだ。」


「え?」


「俺たちが名前を刻んだ時から、あの机はあのままずっと寄り添ってなんにも変化なく一緒にいる。でも、俺たちはどうなんだよ?このまま生きてみろ。最後まで一緒にいられるって保証がどこにある?だったらここで机と同じように2人で『死』を刻んだ方が良くないか?幸せな思い出のまま死んだ方がよっぽどいいと思わないの?」


つまりは雪を信じていないということだ。雪も中村のことを疑ってしまっていたからどっこいになるのだろうか。

でも、今の気持ちに嘘偽りはなかった。このまま納得したくもなかった。


「苦しいことも、辛いことも中村くんとなら乗り越えられる。今のあなたを思う気持ちに嘘はないよ。私のこと信じてくれない?辛い経験で死にたくなってたのは心の拠り所がなかったから。中村くんもそうでしょ?私じゃそうはなれなかったの?」


「拠り所だよ。ずっと寂しかったから。だからこそ、失いたくない。この先の未来の悪い可能性を捨てきれない。分かってくれ、これは愛なんだよ。」


中村が両手を広げた。

立っている場所は屋上の端。ハグをしようと誘っていることは確かだった。雪は感情が混乱していて正常な判断をすることができなかった。普通なら端から移動してもらうだろう。けれども、彼女の心には今はそんな余裕が一切なかった。

中村のところまで駆け出し、抱きついた。

2人は力いっぱい抱き合う。昨日の夜のぬいぐるみでは足りなかった、満たされなかったものがこんなにも近くにある。お互いにそれを失いたくはない。同じ願いのはずなのに、なぜ。


「ねぇ、考え直そう。私と生きよう。まだ、中村くんとしたいことが沢山あるの。今日だってお弁当作ってきたよ。またここで一緒に食べようよ。」


「ユキ、顔見せて。」


中村の胸から顔を離して上を見た。見下ろす中村の顔は優しくて自分を包み込んでくれている。

もう、どうでもよくなってしまった気がした。彼の顔を見て、彼が幸せそうな顔をしている。それだけで幸せなんじゃないかと。綺麗事とも、言い訳とも、諦めとも取れる心情へと変化してしまった。


中村は雪のことを抱いたまま屋上から飛び降りた。


落ちるまでの瞬間、雪はこんなことを思った。

結局、自分では中村のことを変えることはできなかった。でも、こんな自分でも価値があったのかもしれないと、人のことを幸せにできたんじゃないかと。悔しさと嬉しさの中間地点をさまよった気分だった。

地面と衝突し、激しい痛みが全身に走る。

意識が段々と薄くなっていく。死ぬんだと分かる感覚。横を向いてみると、幸せそうにこちらを見る中村の姿があった。


「あなたが幸せなら、それでいいのかもね。私はもう少し、あなたと幸せになりたかった。」


その言葉を残して、雪はこと切れた。

その後すぐに、中村も意識を失った。


朝日がのぼり、2人を光で包んだ。

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