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死にたがりと君  作者: アズキ


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第10話「昇格」

中村はこんなにもどかしい夜を明かしたことはなかった。長かろうが、短かろうが、どうでもよかったのだ。平等に明日はやってきてしまう。けれども、明日に期待したことなんてなかったはずだった。今は雪のことで頭がいっぱいになっている。

いつ来てくれるんだろう。

もうそろそろ来てもいい時間になるんじゃないか?

屋上から、校門の辺りを見ては歩き、見ては歩きをずっと繰り返した。帰りを待つ犬のような姿だったのだと思う。

雪が来たら、嬉しさのあまり、ここから飛び降りてしまいそうだ。それでは会えるまでに時間がかかってしまうから、やめよう。


しばらくすると、校門の方に人影が現れた。雪だ。中村は急いで屋上から1番下の階へと降り、出迎えた。

2人とも姿を見るなり駆け出した。勢いよく走っていたのに一定の距離まで来るとピタッと止まる。これが恋人同士ならハグしていたかもしれないなと2人は思っていた。


「昨日の傷は、もう治ったの?」


中村は左手の親指を見た。まだ昨日の傷が残っている。


「いや、まだ治ってないよ。」


「あれ?そうなの?昨日、すぐに治るって。」


「いつもはね。でも、今回はなんだか違うみたい。なんでだかは分からないけど。」


「私がいたから…とか?」


「そうかもね。」


目が合って笑った。「そうかもね。」だって?「そうだね。」の間違いだろう。でも、言えなかった。まだ友達だから。2人とも恋人になりたいという願いは同じ。けれども、目的は違う。

中村は雪が持っている鞄に目がいった。


「それ、何持ってきたの?」


「あ、これ、弁当をいつも作ってるから癖で作ってきちゃったの。良ければ、一緒に食べたいなって。死ぬ方法を試したあとでもいいから。」


「そういえば、ずっと何も食べてないから、久しぶりに食べてみるのもアリだな。」


「えぇ!?何も食べてないの?」


「うん。餓死できるかなと思って試してみたんだけど、最初は空腹感があったのに段々とそれがなくなって。何も食べなくても飲まなくても生きてられるようになってた。」


実際、お腹はすいていない。何かを食べようと思ったことはなくなっていた。お腹がすいた感覚がないだけでこのまま何も飲まず食わずでいれば、そのうち死ねるのではないかと考えていたからだ。でも、雪が作ったものならと興味が湧いた。


「今日はどうするの?」


「とりあえず、今まで試してきたことを雪にやってもらおうかなって思ってる。最初から滅多刺しにしてって言ってもハードル高いから、首を切ってもらいたいんだ。とりあえず、教室に入ろう。」


校舎に入り、2人でも作った教室に入る。昨日掘った名前がちゃんと残っていた。掘った時に出た木屑も床に散らばったままだ。

雪が掃除用具入れから箒を出して、木屑を集めた。ゴミ箱はなかったので、ちりとりに入れるだけとなった。


「荷物を置いたら、図工室に行こう。ここで血を流したくないから。」


「分かった。」


2人は荷物を置いて図工室へと向かった。2人の距離は昨日よりも少し近くなっている。お互いが目が合ってしまうことを気にして、横を向くことはなかった。2人とも思っていることは同じなのに。


『手を繋いでみたい。』


図工室に着いてもその言葉を言うことができなかった。部屋に入ると、慣れている足取りでカッターを中村が取ってきた。


「これで俺の大動脈を切って欲しいんだ。机の上で横になるから、その時に切ってよ。」


そう言うと中村は図工室の机の上に横になった。頭を横にして首を差し出している。

カチカチと音を立ててカッターの刃を出した。昨日、溺死させた時はまだ抑えるだけでよかったのだけれど、それでも目を開けられずにいたのだ。

そんな雪に首を切ることなんてできるのだろうか。震えを出さないように堪えていたが、顔には少し恐怖の色が出ていた。


「首切ったら、この部屋から出てって大丈夫だよ。見たくないもんは見なくていいから。」


安心させようとしていたのは確かだが、あまり上手くいっていないようだった。それもそうか、今この場で声をかけて安心する方が難しい。中村は何も言わずに首を横にして待った。

そうして雪が目の前に来て、カッターの刃を中村の首に当て、覚悟を決めたらしい。


「一気にやってね、躊躇っちゃダメだよ。難しいかもしれないけど。」


中村が最後の激励を送った。

雪の手は震えていて、息も荒くなっている。

失敗されても自分の手で切ると思っていた中村だが、実際はそんな必要はなかった。


「はぁ…はぁ…んっ!」


勢いよく大動脈が切られた。血が勢いよく吹き出し、中村は目をつぶった。段々と意識が薄れていく。そして目の前から光が消えていく。目をつぶっていても感じる光というのがあるが、死ぬ時はそれすら無くなるのだ。


中村は暗い世界の中でまた目を覚ました。前と同じように浮いているかのような感覚。

そして、同じように小さな光が奥の方に現れる。「またダメだったか。」と思ったが、やはり以前よりも不快感は薄い。雪がいない時はこの光を見る度に怒りが湧いてきて、またやり直さないといけないのかと感じた。今もやり直さないといけないのは同じだが、1人じゃないから頑張れる気がしたのだ。

光は段々と大きくなり、図工室で目覚めた。


手に温もりを感じた。

ふと見ると、雪が中村の手を握っていたのだ。首を切ることに躊躇していたのに、血を見ても逃げずに、ずっとここで中村の手を握っていたのだ。目が合うと握っていた手を離した。


「あの、これは、その。1人でいるのが嫌で、それで。」


「ありがとう。俺も1人よりずっといいよ。ユキの手、暖かかった。」


雪の顔が赤くなったような気がした。図工室に巻き散らかされた血はもう綺麗に消えている。首の傷もなくなっていた。親指の傷だけは残っていたが。


「さっき言ってた、お弁当。食べてみたいな。」


「分かった。屋上で食べたいんだけど、いいかな?」


「いいよ。」


理由は分からなかったし、気にならなかった。ただ、彼女と弁当を食べれればいい。今日はもう死ぬのは辞めておこう。また明日やればいい。そんな脳になっていた。

教室に戻り、弁当を取ってから屋上へと向かった。

空は晴れている。夜の姿とは違い、空には何も無い。

雪が持ってきた弁当は2段弁当だった。1段目にはおかずが入っていて、2段目には白い米がぎっしり入っている。


「どれ食べたい?交代で食べたいもの食べよ?」


「じゃあ、この唐揚げ。」


「冷たいけど、大丈夫?」


「大丈夫。」


食べてみると、美味しい。空腹ではなかったのに、こんなに美味しいものなのか。そう感じた。噛む度に、肉汁が出てくる。暖かくなくてもそれは口の中で広がる幸せそのものだった。

雪は白米を食べていた。名前の雪と同じ白い米を口に頬張る姿がなんだか可愛く思えた。

そのあとも交互に食べたいものを食べた。雪と同じものを食べたくて唐揚げの後は白米をお願いし、口へと運んだ。味かある訳じゃないが、どこか懐かしい、そんな味がする。

あっという間に食べ終わってしまった。

空腹ではなかったのに、お腹は満腹感で満たされていた。


「美味しかったよ。また食べたいな。」


「分かった。また作ってくるね。」


少し無言の時間が続いた。2人とも空を見ている。弁当を食べていた時、かなり近い距離だった。その場所から動いていないため、雪と中村の距離はもうすぐくっつきそうな距離だ。

中村が後ろに仰け反り、手をついた。その手が雪の手に触れた。空を見ていた2人の視線はお互いの目に変わる。恥ずかしさで手をすぐに離すことはせず、そのままの時間が流れた。無意識に中村は彼女の手を握ってしまった。彼女もすぐに握り返してくれた。

いいのかな。これは言ってしまってもいいのだろうか。


「俺さ、ユキのこと好き。」


言ってしまった。出会って2日目の相手に。ほぼ一目惚れのような状況だ。でも、その答えは意外だった。


「私も中村くんのこと好きだよ。」


「恋人ってことでいいのかな?」


「うん。」


2人の間にあった隙間が埋まる。『友達』から『恋人』になれた。そしてこの後に中村が発した言葉を彼は一生後悔することになる。


「恋人ができて、幸せなまま死ねるなら、これ以上の幸せはないよね。ユキが恋人になってくれてよかった。」


浮かれていて、この時は彼女の顔色を伺うことも、その言葉への返事がないことも違和感を覚えなかった。

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