第7話『火曜日/シヴァ ①-2』
火曜日の真夜中。
今なお部屋の中には、天井に頭がつくんじゃないかってくらい大きいシヴァさんがいる。
だけどわたしもどうにか圧に負けずに、さあお帰り下さいと背を押せば。
止める間もなく「おやすみ」と頬にキスされた。
でも、いやらしい感じはまったくしなくて、いわゆる「欧米のあいさつ」みたいな……。
たぶんお子さんにもしてるんだろうなっていう類の。
二人が帰る時、月読さんとは違って玄関で靴を履いて出て行ったのが、逆に印象的だった。
なんというか───ふつうだ。
やっぱり神様じゃなかったの?
そんな疑問を抱きつつ、お風呂に入る。
「あ、そもそも来ないでいいって、伝えるべきだったのでは……! うーん、でも。世界が滅亡するとか言われてるのに、きちんと話し合わず突っぱねるのも……」
つい独り言をつぶやくくらいには、頭が混乱してるらしい。
この調子が毎日続くんだろうかと思うと、人類の皆さんには申し訳ないけどウンザリしてしまう。
そもそも滅亡って本当なんだろうか。
確かめようがなくて困ってしまった。
こんな状況、長くは耐えられないと思うから。
一番話が分かりそうな人(神?)だった、眼鏡で銀髪の人か、中学生っぽい子に会ったらきちんと断らないと。
◆◆◆◆
朝の八時過ぎ。チュンチュン、という可愛らしい鳥の鳴き声に起こされて。
ゴミ出しのために外へ出るとギョッとする光景を目にした。思わず後ずさりをしてしまう。
(なんでシヴァさんが、近所の奥さん方と楽しそうに話してるの……!?)
「よう、ヒヨ」
「おはようございます……?」
昨日と同じゆったりした格好だけど、タトゥー見えてるし。
爽やかな朝日との対比で余計に怪しいし。
こういう見た目の人って、ふつうは誰にでも警戒されるのでは?
どうしてマダムたちは嬉しそうなの?
カッコよければ何でもいいの?
瞳なんて金色だよ???
わたしの疑問なんて伝わるわけもなく、彼女たちは口々にシヴァさんへ話しかけている。
「あら~、この子が親戚のお嬢さん? 本当に似てないのねえ!」
「ここの所、夜中にゴミを散らかす人が多かったから……拾ってもらえて嬉しいわ」
「コンビニの前でたむろしてたガラの悪いやつら、シヴァさん見たら逃げるんだもの~」
(ヒィィ……。たったの数時間で、地域のアイドルみたいになってる──!?)
動揺しているわたしの背中を押すシヴァさんは、
「皆さん、また来週きますんで。会えると嬉しいです」
なんて、澄んだ青空には似つかわしくない余韻たっぷりの声音で言って。
奥様方はみんな少女みたいに頬を染めたのだった。
ああ、本当に神様なのかもしれない。
人をたらしこむ速度と力が人間とは思えない。
なし崩し的に戻った朝日に照らされる自室内。
だけどわたしの心は、どんよりと暗い。
ドロドロとした声でシヴァさんを問い詰める。
「どうしてあのようなことを。目立つじゃないですか、ひどいじゃないですか~…」
「そりゃヒヨのためだろ」
嘘でしょう? なんでそうなるんですか……。
わたしはいま、真剣に引っ越しを考えているのに……。
これからずーっと皆さんに色々聞かれること請け合いですよ、と恨みがましそうな目で見れば、彼が言うにはこうだった。
「いいか。オレはこの通り、どこに出しても恥ずかしくないイケメンだが……ちょっと派手だ」
「はあ。隙間という隙間からタトゥーが覗いているのに、ちょっと……」
「ちょっとじゃないな、だいぶ派手だな。そんなオレが毎週お前の部屋に出入りしてみろ、すぐに変な噂が立つに決まってるぜ?」
それはそうだけど。
ああ、だから親戚ってことにしたんですね、なるほどね。
変じゃない噂ならイイっていう発想がイマイチついていけませんけどね?
わたしはうんざりしながら提案してみる。
「あの、魔法的な何かで、ひょっこり現れることは出来ないのでしょうか」
少なくとも月読さんはしてる感じだし。
神様なんでしょう? あなたも。
なのに「ん~……」と渋られてしまった。
わたしはしつこく、「どうかお願いしますよ」
と、マダムの話題の種になりたくないために謎の頼みごとをする。
だけどなかなか首を縦に振ってもらえず、せっせと煽ってみた。
「なんで駄目なんですか、そっちの方が楽なのでは? なにか理由があるんですか? あれれ~? 神様なんじゃないんですか~?」
するとほんの少し困ったように微笑まれて、優しく言われる。
「──オレはさ。カイのために出来るだけ人間っぽく振る舞いたいんだよ。アイツは神の力を使えないし、どんなに長生きでもいずれ死ぬ。だから大人になるまでは、お揃いでいてやりたい」
胸がズキン、と痛んだ。
いつもよりもずっと小声でわたしは尋ねる。
「…………そうなん、ですね。もしかして、カイくんのお母さまは」
「アイツの母親は結構前に寿命で死んだよ。ああでも、ヒヨに代わりになってほしいなんて思ってないぜ? ……オレが二人分、愛してる」
告げた言葉が嘘ではないというのは、慈愛に溢れた目を見れば分かった。
──そして苦しくなった。
さらにわたしは追い打ちを受ける。
「惚れた女との子供だしな」
「…………………」
それはあまりにもまぶしい笑顔だった。
わたしが永遠に手に入れられないもの。
(わたしの父親もこんな風だったら、この人生観は違った……? 結婚願望をもてたの?)
わたしが酷く暗い顔をしてるのに気づいたのか、シヴァさんはあえて目を逸らす。
たぶん気遣いで「そろそろメシにするか」と立ち上がって、台所へ向いてくれた。
そうしてわたしは、目元をぬぐうことが出来て……見られなくて良かったと安堵できたのだった。
◆◆◆◆
わたしの気持ちがどうにか落ち着いた頃。
目の前には食欲を刺激するものがいっぱい。
「これ、シヴァさんが作ったんですか!?」
インド料理っぽいスパイシーな香りだけど、油っぽくもないし野菜が中心みたい。
小鉢が四つ並んでパリパリのクレープみたいなのが巻いてある。
「匂いのするスパイスは使ってないから、安心して食えよ」
「ありがとうございます……! いただきます」
わあ……、自炊じゃない料理なんて。
お母さんを思い出してまたウルッとしそうになる。しかも。
「すっごく美味しいです。嘘みたいにたくさん入りそう──!」
「おー、口に合って良かった。家から作って持ってきたから、完璧じゃないけどな」
これが満点じゃないなんて、どういう腕をしてるんだろう。
これもお子さんのためなのかな……ううん、考えるまでもない。
(シヴァさん、見た目と全然違う人)
あるいは怖いのも優しいのも、どっちもなのかな? 人間だって多面的なものだもんね。
料理についてあれこれ質問して、意外にもすっかり楽しい時間を過ごした。
そろそろ大学に向かうとわたしが言えば、
「オレも行くかー」なんて答えてくれて……油断していたみたい。
額に音を立てた甘いキスをされて、大きな手で頬をなでられる。
「え!? い、今……!」
「じゃ、気をつけてな」
わたしは恥ずかしさでワナワナと震えながら……。
「シヴァさん『大嫌い』!」
例の言葉を使ってみれば「オイ!?」と驚かれた後、本当に一瞬で消えた。
すごい、本当にこんなこと出来るんだ……。
ようやく安心ってものを手に入れた気がする。
うーん、良かった~。




