第5話『月曜日/月読 ①-2』
どうやら月読さんは、しゃべるのがあまり得意ではないみたい。
わたしが「ひとまず警察は呼びませんけど、大学に行く時は一緒に出て下さいね」と言えば、
「……………………ん」
としか言わなかった。
ちょっと不満そうだから、意外と頑固な人かも?
なんにせよ大人しく座ってくれているので、自分でもおかしいとは思うけど妙にどっしり構えた気分になってしまった。
(なんでだろ。わたし、こんなキャラだったっけ?)
不思議に思いながらも朝ごはんの準備を始める。
冷蔵庫から出した冷ごはんとお味噌汁を温めつつ卵とベーコンを焼こうとして、当然ちょっと気になる。
「あの、ごはん食べますか? ……神様ならやっぱり、いらないです?」
「…………いいの?」
さすがに自分だけ食べるのは気になるし。
食費のことはまあ、これくらい大丈夫。
それにしても「神様」ってわたしのセリフを何の恥じらいも無く聞き流された。
自己暗示だとしても、そんな設定を堂々と受け入れられるものなのかなあ。
そして仕上がった朝食は人様……神様(?)にお出しするのは気まずいほど、質素なものだったけど。
テーブルに並べたら月読さんは星が出そうなほど、紫の瞳を輝かせている。
彼はあんまり表情筋を動かさないものの、よく見たら喜怒哀楽が分かりやすい。
いただきますとお互い言い合って、お味噌汁を口にしたその人は、
「…………美味しい、し。おれが日和のご飯、一番乗りだ。うれしい」
と満足そうにつぶやいた。
(こんな粗食で喜んでもらえるのは、わたしも嬉しい。だけど一番とか気にするなんて、けっこう負けず嫌い?)
その後はお互い無言でもぐもぐと食べて。
食事のたびに文句をつける父親と違って、彼があんまりにも幸せそうに、美味しそうに食べるものだから。
こんな異常事態なのに──心地よい沈黙だと思える自分に、気づいてしまった。
◆◆◆◆
食器をシンクに引き上げ、身支度を整えて出る頃。彼から、
「…………洗い物、しておくから。はやく帰ってきてね?」
という、なんとも健気なお申し出をされた。
ありがたい~と和みながら、「わかりました」と言いそうになって、あわてて突っ込む。
「違うよね!? 違いますよね、一緒に出るって言いましたよね」
「…………おれ、ううんって断った」
あの小声はそうだったのかと納得しかけるけど、やっぱりこの人かなり強情……?
「ご覧のとおり、一人暮らしなんです。知らない男性に居座られるの、怖いです」
「…………じゃあ日和の大学、ついてってもいい?」
「はい? 今なんておっしゃいました?」
「おれがどこに行くのも、自由だよね? 知らない男なわけだしさ」
ちょっと拗ねてる気配がする。
これは面倒な流れ……!
「つ、月読さんはとても目立つと思います。ついて来られたら、わたしが質問攻めにあってしまうので。やめて頂けると……。そもそも、何しに来るんですか」
「…………おれを散布する。日和に、悪いムシがつかないように」
一切の表情を変えずに、殺虫剤みたいなことを言い出した。
「まったくもって不要です、モテませんから」と断っても、
「狙ってるやつ多いに決まってる」と言って聞かない。
しばらく問答していると心配そうに言われる。
「…………ねえ、遅刻しちゃうよ? おれと一緒にいてくれるの?」
たしかにそうだった。
単位、絶対落としたくない。
『大嫌い』と言っても良いかもしれないけど、ご飯を食べてる姿が好印象だったから。
悔しいけど説得は諦めて「合鍵はありません、外に行けませんからね」と精一杯の抵抗をすると、
「日和に閉じ込められちゃったね?」
なんて、いたずらが成功したかのように、ほんの少しだけ微笑まれた。
そんな具合のおかしな朝を乗り越えてどうにか迎えた夜十時過ぎ。
バイトの面接を終えて、わたしは浮かれに浮かれている。
居酒屋なんかはお母さんが心配するだろうから、家庭教師がいい、どうにか採用してほしいってドキドキしたけど……。
派遣会社の人に、
「まずは日本史ということで。対象になる生徒さんが決まり次第ご連絡しますね」
と即答してもらえて、もう飛び上がりそうになるほど嬉しかった。
(これでようやく自分で稼げる……! 自立への第一歩!)
ご機嫌で帰宅し自宅の鍵を取り出そうとしたら、扉が開いて心臓が止まりそうになる。
ヒェッ!? 何事!?
「…………おかえり、遅かったね」
「あっ」
もちろん忘れてたわけじゃないの。
講義の間はずっと、
「変なことしてないかな」「まさか追ってこないよね」「やっぱり夢だった?」って落ち着かなかったし。
バイトに受かったから、スポッと抜けてただけで……。
なのになぜか罪悪感が湧いてくるのは、彼が不満そうだから。
「遅くなってごめんなさい」
部屋に入ってスプリングコートを脱ぎつつ、一応謝っておく。
あれ。わたし、悪くないよね?
「……………………」
ちっとも返事してくれないので、胸の奥がズーンとなる。
──こういうの、やめてほしい。
どうしても父親の横暴ぶりがフラッシュバックして、お母さんの声が頭で響いた。
【あなた、ごめんなさい。わたしが悪かったから、もうゆるしてください】
お母さんは悪くないのに無視され続けるのに耐えかねて、いつも頭を下げて謝ってた。
些細なことで機嫌を悪くするのが、あの男にとってはむしろ楽しみだったらしい。
悪くないのにとりあえず謝るのは、きっと相手を勘違いさせるだけ。
……わたしはお母さんのためにも同じ失敗はしない。怖くても、ちゃんと言わないと!
「──月読さんが嫌な人じゃないのは分かります。でも、無理に居座ったのはそちらですよね」
「……………………」
黙り込まれると綺麗な顔が余計に際立って、プレッシャーを感じるけど。
負けじとキッと顔を上げる。
「わ、わたしも、完璧な人間じゃありません。でも、落ち度のない相手に対して、不満げな態度でイヤな思いをさせたり……気遣いをさせようというのは。よくありません、と、思うような、みたいな……」
最後の方は尻すぼみに小声で、恰好はつかなかった。
◆◆◆◆
しばしの重苦しい沈黙に「朝は居心地よかったのにな」と途方に暮れていると。
「……ごめん、おれ、わがままだったかも」
「!」
月読さんは、しおしおと謝ってくれた。
暴言を吐く人ではなさそうと思ってたけど、緊張が一気に解ける。
「…………おれ、《夜の神》だから。陽が落ちたら、色んなことしてあげられたんだ」
「色んなこと?」
「月の近くまで飛んだり、あと……流れ星をあつめて一緒に見たり」
「え、ええ!?」
本当にこの人って神様なの? 正直あんまり信じてなかった……。
わたしをチラチラ見ながら、「まだ怒ってる?」と叱られた子犬のような目をするので、なんだかこれ以上ツンツンするのは違うような気がしてくる。
「わたしも言い過ぎました……。年上相手に生意気でしたし。おこって、ませんよ」
出来るだけ明るく返事をすれば、彼の表情こそ変わらないけど、それこそ満月みたいにパアッと明るい雰囲気になって。
「ありがと、日和は優しいね…………今度からきちんと、言葉にするから」
「は、はい!」
「…………んっと、一時間後……火曜日は、担当のこと締め出しちゃっていいからね」
「………………」
半日以上も居座っておいて、どの口で言うのかな? という一言を添えられた。
※このように各神の話が2話ずつで交代していきます
※話数=時系列なので、お好きな神の話だけをつまんで読まれると、申し訳ないですが分かりにくくなると思います




