第49話『日曜日/オシリス ④-1』
土曜日の昼。思ったよりは長く眠れず、四時間程度で目が覚めた。母に送ったメッセージは相変わらず既読がついていない。
不安になって電話をかけると、あっさり出て貰えたので「返信がないから心配した」と言えば嬉しそう。
「変わったことは特にないわよ」と明るい声で言われて安心したものの、あの男が会いに来た事を言うべきか悩み──。
またここへ来ると言っていたので、それまでは黙っておくことにした。
まずは私と接触したい意図が見えていたから。
ポストの整理に向かえば確かにみっともないくらい飛び出たままだ。持ってきた袋に詰め、幾つものベージュの封筒を回収した。
部屋に戻って開封すると美しい筆跡に混じる崩れた文体が目について、申し訳なさで一杯になる。
(ずっと私に配慮してくれたオシリスさんを『大嫌い』と追い払ってしまったのに。またドゥアトに誘ってくれるなんて)
初めて招かれた時の遣いに来たきつねのような犬は、調べたらジャッカルだった。
《死者の国》への道先案内人として相応しく、すすり泣くような哀愁をもつ遠吠え。
あの地で私は「恋をしたい」事を認めたけれど、オシリスさんをその対象とするのは今であっても畏れ多い。
それに彼も私の事は完全に子供扱いしていたように思う。
どんな顔をして二人でいれば良いのか……。
またしてもエンキさんを呼ぼうか、なんて情けない考えをしながら土曜日の夕方からカフェ『The Angelus』でバイトをした。
以前オシリスさんと過ごした場所。
ここで働くなんて未練がましいとは思いながらも、家庭教師のバイトを辞めた後に稼ぐ必要もあるからと自分に言い訳をして。
あの夜は「圧倒的な美少年がいた」と随分と話題になったらしく、しばらくは彼目当てのお客さんが絶えなかったとか。
私の事を覚えている人もいたけれど「蒼野さんと似ている女性だった」と言われるだけで、自分の雰囲気がどれだけ変わったかを実感させられたものだった。
(オシリスさんは今の私をどう思うだろう。あの人の考えはロキと逆方面で、まったく分かっていなかった気がする)
かつてはあんなにも会うのを心待ちにしていた存在なのに。今は正直、気が重い。
◆◆◆◆
翌日、日曜日の夕方。ボートネックのトップスとパンツスタイルで待機する。
六時ぴったりにインターフォンが鳴ったので、こそこそとジャッカルを招き入れた。
往生際悪く、すぐに行く気になれない。
彼のどの手紙も心が籠っていたからこそ、無視し続けていた現実が苦しいというのもある。
遣いの子が大人しいのを良いことに、
「かわいいね~イイコだね~」
と撫でさすりながらうだうだと時間を潰す。
(夕食をご用意してくれてるのに何をやっているんだか……。挨拶の練習だけしたら、いい加減もう行こう)
彼のセリフは予想がつくので声に出してみる。
「日和さん、お疲れ様。よく来てくれたね、早速食事にするのはどうだろう?」
そうだね、大体こんな感じだと思う。
「先生こんばんは。私などのために勿体ない事です。あの日は『大嫌い』などと申し上げてしまい言葉が過ぎたと思います」
……さすがに硬すぎるでしょう?
もうちょっとこう、以前の日和っぽくした方がイイかも。
「オシリスさんこそ、お疲れではありませんか? 来週はお詫びも込めて私がご用意しますから!」
なんか……今の私が言ったら気色悪いな。
気に入られようと必死な感じがしてキツい。
私は更に「頭を下げる角度が悪い!」とか「世話になったのに、すみませんで済む話じゃない!」と自分の謝罪にダメ出しをし続ける。
そしてついに三十分が経過。
「何時でも構わないよ」スタイルの先生相手でも、さすがに失礼だ。
ジャッカルが先程からどこか気まずそうにクゥーンと鳴いているので、
「ごめん、お待たせしました。靴をはいたのでお願いします」としゃがみ込んで伝えれば──。
その瞳が彼のような銀色に光る。
ああ、懐かしくも切ない遠吠えだ。
目を開くと、そこは何度訪れても溜息をついてしまいそうなほど美しい死の世界。
周囲を見渡せばネイビーのシャツを着たオシリスさんが俯いている。
──なんだか様子がおかしい。震えてる?
「オシリスさん? 遅くなってごめんなさい。お加減でも悪いですか?」
「………………………………」
「どうされましたか? どなたか呼びましょうか?」
「……く、くくく……あははははは! すまないね、日和さん。言わなかった私が悪いのだけれど……面白、すぎて」
先生がこんなに大きな声で笑うなんて……!
少年のようにあどけない顔立ちが、少し赤らむ程に。
一体何があったのかとキョトンとして──。予想がついてしまった!!!
「まさか、遣いの子って……!!!」
「ふ、ふっふ。そうなんだよ、あれの感覚は私と共有していてね。伝え忘れていたのは……私の落ち度だ」
──まさに死ぬほど最悪だった。
声色を使い分けたり、お詫びの練習をしたり、どんな話題にしようかシミュレーションしてた姿が全部、見聞きされていた……そういうことですか!?
「帰ります!!! 帰してください、いっそ殺して……!!!」
静寂が広がる悠久の国。
いつか死ぬ時に辿り着くのがここならば──そう思っていたのに。私の悲鳴が木霊する。
こんな恥を抱えては二度と来る事が出来ないと心から思った。
優雅に微笑むオシリスさんは、
「死んでしまうのなら、永遠にここに居るといい」なんて言うけれど。
そんな神様ジョークを聞く気にはなれないです。




