第47話『土曜日/ロキ ④-1』
真っ白な世界に響くのは、私の体が空腹を訴える音。
それに恥じることなく堂々と、
「腹ペコなのでそろそろ失礼したいです」と神々に伝えれば、苦笑いされたり、嬉しそうに言われる。
「明後日はまたドゥアトにおいで。軽いものから食べて調子を戻そう」
「ヒヨ、火曜はメシ作るからオレの家に来いよ。迎えに行くから」
「来週の金曜、食べないで空けといてね! 俺だけ二人きりで食事したことない……」
分かりましたと返事をすると、伏羲さんが私の頬を意味ありげに指でするりと撫でる。
「……逞しくなった様でいて、簡単に頬を染める処は変わらぬな」
悔しいので、
「伏羲さんは、シヴァさんの次に手が早いですよね」
と赤い瞳を見つめながら言い返すと、月読さんとエンキさんが加勢してくれる。
「…………伏羲、勝手にさわらないでよ」
「強引な所あるよね。日和ちゃんが気を付けてくれそうで、安心したよ」
こんな風にワイワイ言われていれば、黙っていたロキが「んじゃ還すわ」と言って指を鳴らして、私は次の瞬間には元の部屋にいた。
テーブルの上には破れた手紙。
忌々しい存在を思い出す。
あの男は母に何かしていないだろうか。
電話をかけるには、もう夜の十時を過ぎているから明日にしよう。
メッセージで「まだ起きてる? それとも仕事?」と送っても、既読はつかなかった。
◆◆◆◆
ロキは0時ピッタリに来るとは言っていたけれど、信用してもどうせ意味はない。
私はご飯を炊きながらお風呂に入ったり、こまごまとした家事をこなす。
……そしてクローゼットに仕舞っていた月読さんの瓶をデスクに飾った。
ふわりと広がる温かな光は、かつてと同じ。
日付が変わると、意外にも時間通りにインターフォンが鳴った。
ロキは天照様に注意されて扉から来るようになった事を思い出しながら、静かに開く。
「ロキ、ようこそ」
「ひよりん、お待たせ~☆」
以前と同じゆるい口調で挨拶をされる。
鼻にかかった甘さのある声も変わらない。
なるほど、新しい私の様子見といった所だろうか。中へ通した後、食事の仕上げをしながら声をかける。
「ねえ、私と同じように痛いキャラ設定でもあるの? 感じ悪いしゃべり方のが似合ってるよ」
「せっかく気ィ遣ってやったのに。んじゃま、遠慮なくフツーにするわ」
背中越しにも薄ら笑いをしているのが伝わる。
彼の目的を探ろうと思っているものの、何はともあれ腹ごしらえをしよう。
「……なあ、こんな時間に大盛の牛丼って。食性まで変わってんのかよ」
「腹ペコだって言ったでしょう。待っててあげたんだから、感謝して」
もともとは結構食べる方。
丼ものは洗い物も少なくて楽だしね。
大体一品で済ませてしまうズボラでごめんね。
食事を始めると、目の前の人は色違いの目をキラキラさせながら私を観察している。
あえて視線を合わせずにいると、彼も食べ始めて「旨いな」と言った。
その短い言葉には、今までで一番好感を持てたかもしれない。
なのに「なんか部屋、地味に散らかってねえ?」と駄目出しをされた。
以前は母のように細やかな掃除をしていた訳で、本来は雑な性格なんだってば。
洗い物を終えた後。
ソファに座っていたロキに手招きされたのをスルーして、デスク用の椅子に座って尋ねる。
「訊けず仕舞いだったけどさ、人類を救うのにどうしてこんな方法を提案したの? あなたにとって、楽しい事?」
「そのはずだったんだけどな。エラそーにしてる神が、人間の女に好かれたくてシッポ振るのってウケるだろ。……そしたらなぜか己まで参加させられたっていうね。最悪すぎ」
「ぷっ。策士、策に溺れるってやつ?」
せせら笑えば、彼は視線を外して言う。
「そんなトコ。月読筆頭に、みーんなお前に夢中になっててさ。馬鹿じゃねえのって満足してたのに、ひよりんレターで大騒ぎになったわ。マジで面倒くせー目に遭った」
そういえばオシリスさんの手紙にあった。
神世の空が裂けたとか。
やることがダイナミックだなと感心する。
「……ロキだけ、他の神様たちと違うと思ってた。根っこに隠し切れない悪意があって。どうしてそんな風なのか、きっとこれから知れるのね」
「だから、己は高みの見物するつもりだったから──」
「違うでしょう? 認めたくないかもしれないけど……あなたと私は似ている」
断言できる。
初めて会った時から感じた、どこか同級生のような気楽さ。あの頃はユルいからだと思っていたけれど、今なら分かってしまう。
「自分を、信じていないのね」
「黙れよ」
彼らしいどこまでも軽やかな声音の否定。
笑顔も崩れていない。
だけど私は「遠慮しない」と言ったから。
「私たち、友人にならない? 異性では初めてだから、光栄に思っていいのよ」
あえて挑戦的に言えば、予想通りに食いついてくる。ニヤニヤと満足そうな声で返された。
「やっぱお前、こっちの方がイイよ。……どうぞよろしく? キャベツ女」
「? ──それって、剥いても剥いても中身が見つからないどころか、そのうち無くなっちゃうじゃない」
「剥いたモン全部が食えるって話だよ。好意の証だと思って、受け取りな」
真夜中、牛丼の油っぽい匂いがほんの少し残る部屋。
「仇名にするのはやめてよね」
「お前こそテンプレ呼ばわりは酷くねえ?」
なんて言い合いながら、私たちは片手を挙げて互いに叩いた。
ハイタッチみたいに爽やかじゃない、でも二人の関係に似合う乾いた音が響く。
※次回は同日2/7(土)19時20分に投稿します。




