第46話『馬鹿みたい』
父の来訪に続いて唐突だったので、つい動揺してしまったけれど。
いつものペースを取り戻して、私は挑むような目線で彼らに向かい合う。
「皆さんお久しぶりです。一方的な置手紙のみとなり、大変失礼をしました。涙がどうこうというお話ですが……。つい懐かしくて。それだけですから、もう帰らせて」
冷たい声でスムーズにしゃべると、シヴァさんが静かに答える。
「ヒヨさあ、それが本来のお前ってアピールしたいんだろうけど。ハイそうですかって、納得するヤツいないぜ?」
「この結婚に関わる話は、私が嫌だと言えば取り止めてもらえると、何人の方からお聞きしましたが。人間との約束なんて、破っても平気ですか?」
即座に伏羲さんが否定してくる。
「否、違える気は無い。だが……其の前にどうしても話し合いたい。どうか怯えずに向き合ってはくれぬか」
まあ、そう答えるだろうなとは思ってた。
「怯えてはいけませんか? かつて好まれた存在とまるで異なる事に、幻滅される日々を送らなければいけない義務はありませんよね」
「己……ぼくは今の方が好みだって、言ったけどおー?」
「テンプレトリックスターは黙っててくれる? あなたには特に、二度と会いたくないと言ったでしょう」
ピシャリと返せば、ロキは「すげえ面白ぇー!」と満足そうだ。
「……日和ちゃん。僕たちやり直したいんだ。仲良くなった子がこんなに傷ついてるのに、放っておけない」
労わるように話しかけてくれるエンキさん。
同情してくれてるとは思ってたけど、その優しさが私にはあまり響かない。
そんな風に言ってもらえる資格がないから。
「世の中にはもっと困っている人が大勢います。神が贔屓するのは、如何なものかと」
「…………おれは、ずっとえこひいきしてたし。今更だし」
長く騙してしまった月読さんが、悲しそうに言う。辛かった頃、ずっと私を守ってくれた存在を裏切ってしまった。
彼の紫の瞳を見ることは出来ず、かろうじて言えたのは「他の女性にして下さい」という事だけだった。
その途端、白い空間に鈴の音が響き渡った。
続くのは凛とした、安定感のある女性の声。
「私は天照。“人類救済計画”を是とした主神が一柱。《黄金律に目覚めし者》、日和よ。此度は降りることなど許されぬ」
我ながら不遜とは思ったけれど、名乗りもせずに咎めるような口調で問い質す。
「なぜでしょうか。私は選ばれるに足る存在ではございません。降りる自由もあると伺ってます」
「理由を知らぬは道理。そなたは春に届けた虹色の便りを、最後まで読まずにいたのだから。今一度伝えよう、日和。選ばれたのは《穢れ無き罪人》であったからだ」
その言葉を聞いた途端、ひゅ、と息が止まった気がした。罪人。
「己が人生の訂正を望んだそなたは、その欲望を認めることも出来ず、母の人生をやり直さんとすることで自らを偽った」
「わ、私は別に」
やり直したかったのは、私の人生……?
そんな、そんな馬鹿なことが──!?
私は母に少しでも詫びたかっただけ……。
足元がグラリと揺れる。
「その独り善がりな贖罪こそ、人類の業を体現している。人世を救うか否かを問うに相応しい娘の一人と我らは考えた」
「人類の、業……。では結婚相手を選べというのは、」
「この者たちも神。そなたが詰まらぬ存在であれば、最終的に応えることなど有りはしない」
元々おかしいとは思っていた、なぜこんなにも都合の良い話なのだろうと。
私という人間は罪深く、試されていたということなのか。
これはある種の罰だったということなのか。
七人全員とは言わないけれど、思い当たる節が無いことも無い。
「日和よ。己を見つめ直し、愛を探すのだ。それこそが母への贖罪の第一歩となる……分かるだろう?」
「──それ、は。だからですか……? 降りる事が許されない、というのは。私のためにも……?」
地獄のような日々に耐えてくれていた母。
あの人は、私に愛を知ることを望むのだろうか。……尋ねるまでも無い気がした。
天照様は最後に優しく告げる。
「……いずれとも結ばれぬなら、人の子は滅びるやもしれぬ。だがその時は、最期まで私がそなたの傍にいよう。愚かで愛しい、わが娘よ」
彼女の声が止み、私は恥ずかしさで消え入りそうだった。
わたしである頃は、善良な人間でいられたと思い上がっていたのに。
それすらも罪だったということだから。
◆◆◆◆
俯く私に声をかけてくれたのは、アポロンさんだった。
「話、驚いた……。俺たち全員でヒヨリを試してたわけじゃないよ?」
「……あなたは駆け引きが、絶望的に下手ですもんね」
引きつっていたかもしれないけれど、笑顔で答えてみる。彼はホッとした様子だ。
眼前の七人を改めて見つめる。
どういう訳か、初めて会った気すらした。
私は彼らに無条件で愛されない。
私が彼らを愛さない理由もない。
ようやくスタートラインに立ったのか。
何かが溶け出したようだった。
凝り固まった私という塊から、澱のように淀んでいたものが。
視界がボヤけながらも幾らかマシな心持ちになれた頃、静かに語り出したのは敬愛する死者の国の神。
「日和さん、もう一度始めよう。貴女のことを教えて欲しい。私たち全員がきっと、それぞれに誤っていた。もう二度と同じ失敗はしないから」
オシリスさんは愛らしい顔とは異なる節くれだった指で、私の目元を拭う。
……涙が流れていたなんて。
私は彼ら一人一人に目を向けて、宣言した。
「では自己紹介をさせてください。──初めまして、私は蒼野日和。人の愛し方すら知らない未熟な存在です。でも今度こそ変わりたい……変わらなくては。これからどうか、宜しくお願いします」
そして更に言う。
「明日は土曜日だから……早速ロキなのね。あなたに対しては遠慮なんて、しないから」
「ハハッ、こんなに興奮すんのは久しぶりだな。0時ピッタリに行ってやるよ」
まるで恋なんて始まりそうにないお互いのやり取りに、何人かが溜息をつく。
遠くにある丸い鏡は、相変わらず虹色を映していた。醜いノイズの走る頻度も同じままに見えて、安堵する。
(私が愛を知らないままなら、人類が滅びるって? ……何なのそれは、馬鹿みたいだね。こんな私が任されるなんて。せいぜい壊れないで、待っていて)
※次回は同日2/7(土)19:10&19:20に投稿します。




