第45話『私』
※第2章となりましたので、R-15表現が多少入ります。ご留意下さい
神々に別れを告げてから、三か月以上が経った。
夏休みが残り二週間ほどで終わる昼下がりのカフェにて、マリとお茶をしている。
私は巻き下ろした髪をいじりながら彼女に謝った。
「マリごめん、ずっと心配かけちゃって。私、ホントにどうかしてた」
「ひよりぃ……。そんな、アタシだって……去年の夏くらいから、おかしいなーって気づいてたのに。ついにはマリちゃん、なんて呼び出すし」
「キャラ変わり過ぎだよね」
「あはは……。気づいたらおしとやかになってて、ホントびっくりしたよ。だけどご両親が離婚したって聞いたから、色々あるんだろうなって。そっとしておこうって……」
私が元に戻っても、優しいマリは変わらず接してくれている。
性格から外見まで真逆を行ったり来たりして、気色悪くない? と訊けば、
「出会った時の、その凛々しさに惚れたのよー?」と慰められた。
今日は今までのお詫びということで、私が会計を持つことにしている。
マリの元カレの部屋着を回収できなかったことも含んでいるのだけれど、
「そんなのいいよ、大事にしてたら貸さないでしょ~」と笑ってくれた。
また来週と言い合って別れた後、見知らぬ男性から声をかけられる。
無視しても付いて来たので、真正面から黙って目を見れば、硬直した後に去って行った。
夕方にマンションへ帰宅。
カツカツと響く自分のヒールの音が耳障りだ。
ふとポストに目をやれば、私の部屋番号から幾つも飛び出していて自分に呆れる。
あの穏やかな神の手紙が来ていても、来ていなくても、私の心が揺れる気がして。
配達員の人に迷惑をかけていると自覚しつつも、長く放置をしたままだ。
部屋に入り、母と他愛もない電話をする。
以前の私に戻ったから随分と安心してもらえたらしい。
彼女を真似たわたしの方が可愛らしい娘だったはずなのに。
上手くやれず申し訳ない気持ちで一杯になりながらも話を終える。
その直後、インターフォンが鳴った。
(ここを訪ねる人なんて、マリしかいない。だけどさっき別れたばかり)
まさか、彼ら──?
私はあの空間の置手紙で、
「会いに来ても、例の言葉で毎日追い返す」
「私を尊重するなら来ないで欲しい」
「来たら人類を見下していると考える」
と、意地悪く告げているのに。
疑念を抱いたままドアスコープを覗けば。
そこには───父がいた。
「日和、いるんだろう? 開けてくれ」
ドクン、と。
心臓が鳴ってはいけない程、大きな音で鳴る。
なぜここを。いや、大学は知っているか。
でも今は夏休みだ、尾行するにもどうやって?
この男は必要であれば、大概のことはするだろうけれど。今更なぜ……?
「話をしたいんだ。開けなさい。開けないなら小春の所へ行くぞ」
警察を呼ぶべきだろうか。母の所に行かせる訳にはいかない。
酷い頭痛がする……。ドアを叩く音が余計に刺激する。
「開けなさい。誰が食わせてやったと思ってるんだ」
忘れられない醜い言葉を吐かれ、体が震える。
マリ、マリを呼んだら来てくれるのでは。
いや、こんな男に会わせたくない──!
「全く……。郵便物が山のように溜まっていたぞ。整理しなさい、みっともない。それにしてもアラビア文字など、珍しい知人がいたものだ。一体誰だ? 預かっておく」
瞬間、頭に血が上るのを感じた。
「返せ!!! なんて勝手なことするの!? それは私信よ!」
思わず飛び出し手を伸ばして掴むものの、離してもらえない。するとベージュ色の手紙は、無残に破けてしまった。
「……帰らないなら警察を呼ぶ」
「偉くなったものだな。まあいい、また来る。……それにしても、親に対してなんだ? その態度は。少しは反省しなさい」
父親の手にあった半分の手紙は、私に向かって投げつけられた。
大きな音を立てて扉を閉めチェーンを掛ける。
手元、足元のそれらはぐしゃぐしゃとなり、テープで繋げようとテーブルで開いた途端。
飛び込んでくるのは懐かしくも美しい文字。
見ないようにしても、大切な人達の近況を目で追ってしまう。
裂かれた「何時でも待っている」という言葉を見たら、もう駄目だった。
「う、う、うううぅ……。うああ、う、うぐっ………」
泣いたのは久しぶりだった。
今の自分に戻ってから、初めての感情。
口紅が付くのも構わずに口を抑えても……止まらない。
ぼたぼたと涙が落ちて、インクが滲む。
これでは二度と読めなくなってしまう、そう思った時。
──初めて彼らと逢った日の真っ白い空間、《全神の聖域》に私はいた。
◆◆◆◆
随分と遠い昔に訪れたような気がする、この現実味の薄い場所。
佇んでいるのは四人……と思っていたら、一人、二人とすぐに集まって七人が揃った。
(どうして!? どうやって帰れば──!)
「…………日和、泣いてる」
無表情だけど、もう分かる。酷く心配してくれている月読さん。
「エンキがね、手紙に涙が落ちたら──ここへ飛ぶようにしていたんだ」
気遣わしそうにハンカチを差し出してくれるオシリスさん。
「驚かせちゃってごめんね、日和ちゃん」
これ以上ないくらいクマが濃くなってるエンキさん。
「夢じゃない……? 引きこもってたせいで、幻覚みてる?」
やつれているのに、それはそれで完璧な見た目のアポロンさん。
「ヒヨ、ちょっと痩せすぎだろ。後でメシ食おうぜ」
こんな硬い表情は見たことが無い──シヴァさん。
「頼むから、今一度話をさせて貰えぬか?」
なんだかいつもより瞳が赤い伏羲さん。
「……よお、ひよりん」
そして最後の記憶のまま、やさぐれた雰囲気になっているロキ。
三か月以上会わずにいた大切な神々が、何の心の準備もしていない私を取り囲む。
「門限となりましたので」なんて言っても、帰してもらえないのは、私が一番よく知っている。
でも、今度こそ流される訳にはいかない。
※次回は同日2/7(土)13時20分に投稿します




