第41話『金曜日/アポロン ③-2』
みんな大好き金曜日の夜。目の前には神様がふたり。エンキさんはやっぱりルール上、わたしに話しかけることが出来ないようで。
アポロンさんを色々問い詰めていて、二人で何か言い合っている。うーん、何語かさっぱり分からない。
「アポロンさん、わたしの言葉をお伝えするのもNGなの?」
「それは大丈夫だよ……。エンキは君に言葉を伝えちゃいけないからアラビア語のままだけど。それにしてもヒヨリ、ほんと想定外のことするね。俺、毎週驚かされてばっかり……」
「一度本当に来てもらえるのか、試してみたいっていうのもあって。エンキさん、お仕事は大丈夫でしたか? おおよその事情はお聞きになりましたか?」
話しかけると、エンキさんは無言でじーっとわたしの顔を見つめて……。
その後。予想通り、銀髪を振り乱して爆笑してくれた。怒ってないようで一安心。
一方、アポロンさんはあからさまに不満を表明している。
ソファに座って長い脚を組みながら、エンキさんにウンザリした顔を向けていた。
「あのさ、俺は面白くないんだけど! 何が悲しくて、他の男に監視されてデートしなきゃいけないの? こんな目に遭ったの、俺だけだよね???」
まあまあ良いじゃないですか、たまには三人というのも、と言って宥める。
お酒はビール、ハイボール、梅酒、スパークリングワインを用意しておいた。
おつまみも作ろうと思い、
「お二人で遊んでて下さい」と伝えてキッチンへ向かう。
《ねえエンキ、頼むから帰ってくれない? 礼はするからさ》
《こんな面白いシチュエーション、僕が逃すと思うの? 諦めなよ》
《絶対手は出さないから。いや、出すかもしれないけど、同意は取るから》
《あ~……、日和ちゃんがイイコで良かったよ。……0時までゼッテー居座るからな?》
ソファの方から賑やかにアラビア語が飛び交う。アポロンさんは、
「ねえ聞いた? 今の口調。こっちが素のエンキだからね?」
とわたしに言うけど、分からないんですってば。
◆◆◆◆
きゅうりや卵、チーズなどを使って三品ほど作り、デスク用の椅子を引っ張ってわたしも座る。
「それではお疲れ様でした! かんぱーい!」
「……乾杯」
《صِحّة!》
わたしではなくアポロンさんに向かって言っているエンキさん。
なんだか通訳を挟んで話す、みたいな雰囲気になっている。
「アポロンさん、映画ってやっぱり芸術の範疇? さっきの正確な分析だったと思うの」
「そうだねえ、物にもよるけどね。売上だけを目標としてると違うかな」
「なるほど~。美術館に行った時に嫌いなものもあるって言ってたけど、商売っ気が強いものがダメってこと?」
「…………あ~。それは」
眉間にシワを寄せて、ものすごく渋っている。するとエンキさんが何か鼻で笑ったような口調で、滑らかに言った。
《君の失恋をモチーフにしたやつのことだろ。主に樹になったダフネ絡みだよね。ベルニーニの彫刻、ルーベンスの絵画、シュトラウスの歌劇……。幅広く大人気で感心するよ》
「ホント黙っててくれない!?」
「えっ!?」
「ごめん、今のはエンキに言ったつもりだった。アラビア語のつもりが……間違えた」
アポロンさんが忌々しそうにエンキさんを睨みつける。なのにその人は素知らぬ顔で、おつまみを口にした。
《アポロンさあ~、ガツガツした男は嫌われるって、どんな恋愛指南本にも書いてあるでしょ。宅飲みなんて下心見えすぎ》
《うるさいな。そういえば、この間貸してくれた本……あれって、よく考えたらおかしくない?》
何か二人で言い合ってるなと思ったら、エンキさんがくすくす笑い出した。
アポロンさんが彼を軽く蹴とばす。
「アポロンさん、本当に最近は女の子に囲まれてないね。何か言ったの?」
「えーとね」
《彼女が出来たとか言ったんだろ。日和ちゃんの名前を出す勇気もないくせに》
エンキさんがまたしてもアポロンさんに何か言ったけど、無視しているらしい。
「考え事が出来ちゃって、そっとしておいて欲しいって頼んだだけだよ~」
と笑顔で答えてくれる。
とはいえ、メモを渡すよりスマホで連絡を取り合えば良いのでは、と提案してみたら。
「それ七人全員の禁止事項なんだよね~。勉強の邪魔になるって、伏羲がうるさいの」
なるほど、確かに言いそう。
それにロキは嫌がらせしてきそうだし、月読さんはうっかり既読スルーしたら傷つけそうだし。
七人様々の連絡は手を焼いたかもしれない。
テレビをつけながら、他にもだらだらとアポロンさんと話す。
エンキさんはニコニコしながら一番飲んでいる。ちっとも顔色が変わらず綺麗な見た目のままで、お酒に強いみたい。
対して少し頬が赤らんでいるアポロンさんは、崩れるどころか色気が足されただけ。
そんな彼はふと何か気づいたように聞いてきた。
「あれ……そういえばこの部屋、伏羲の気配がする。あと三人は──月読とロキ、オシリスか」
「やっぱり見えなくても分かるんですね。じゃなくて、分かるんだ」
「注意したら分かる、って感じかなあ。あのクロスをかけてある瓶が月読でしょ。ロキはテレビ、って言っても買っただけか。だいぶ薄くて気づきにくい。……あとは何だろ? 仕舞ってあるよね」
ロキだけの特殊能力というわけではなかったらしい。色々見えるのだとしたら、部屋の掃除をもっと入念にしなければ……と気になってきてしまう。
「オシリスさんからはお手紙をいただいて、伏羲さんからは、その」
あれを頂くなんて遠慮が無かったかもしれない、と言い淀んだけど「勉強できる空間をもらった」と告げれば──。
「うわ、伏羲……やっらしいな! 意外と手が早い、侮れないんだけど!」
なんだかひどい言われよう。
《若い愛人を囲ってる感がすごい。月読の純情さが愛おしくなるね》
エンキさんは真顔で言ってるけど、どんな意味だろう。
アポロンさんはちっとも通訳してくれない。
ああ、それにしても楽しいな。
ここにマリちゃんも呼べたらなあ。
こんなに笑い合う夜、両親と暮らしてた頃には有り得なかった。
世界には申し訳ないけど、滅亡なんて忘れちゃうくらい。
ずっと──ずっと、こんな時間が続けばいいのに。




