第40話『金曜日/アポロン ③-1』
伏羲さんを部屋に招くのは緊張したけど、彼は思ったよりくつろいでくれたみたい。
0時ギリギリまで色んな話をした後、
「此処まで居座って仕舞うとは。……晚安、日和」
少し慌てた様子で、煙となって消えていった。
来週の予定を伝え忘れてしまったけど、あの空間に置手紙をしておけば気づいてもらえるかもしれない。
この金曜日は考えに考え抜いた、アポロンさんとの「ちょっと悪いこと活動日」。
それは完璧な神様を崩す日。
ついでにわたしもユルくなる日。
二人でお酒を飲むのはエンキさんが随分と止めるので、一応準備はしておいたけど今回は無しとする。
彼に渡したメモには「夕方六時にお越しください」と書いておいたので、講義のあとは早々に帰り、準備をしておく。
(最初はまあまあ自信あったけど……なんか滑ってないか不安になってきた……!)
そんな情けない思いに囚われていると、インターフォンが鳴ってしまう。
やっぱりシヴァさんあたりに相談するべきだったかもしれない。スマホで連絡とり合えたらいいのに、と今さらながら思う。
「こ、こんばんは。アポロンさん……」
「ヒヨリ! こんばんは」
はい、まぶしい。
そんな完璧な笑顔は減点ですよ、と言いたくなるくらいだったけど、わたしも今回の準備は褒められたものじゃない気がしたので。
ちょっと自信なさげに聞いてみる。
「……どうでしょうか」
「何が? かわいい恰好してるってこと?」
「はぁ、ぜんぜん違いますよ。褒めれば良いってわけじゃないです」
わたしは今までアクシデントがない限り、大学に行く時と同じような服装で皆さんをお迎えしていた。
そこで、今日は着古した部屋着でお出迎えしたのだと説明した所。
「──そう、か。いいと思うよ………」
ちょっと憐れむ視線を向けられてしまった。
で、でもまだありますから!
「アポロンさんも着替えて下さい。ロキ的な、だらしない服を用意しておきました」
「え、俺もなの!?」
戸惑う彼を脱衣所に押し込む。
衣装を用意してくれたのは、愛するマリちゃん。
フリマアプリで「男性 ルームウェア 傷や汚れあり」と探していたら、見つかってしまい……。
ちょっと事情があって、と言えばマリちゃんが元カレの物を貸してくれたのだった。
「彼氏でも出来たの?」と誤解をされてしまったけど、違うというのも妙な話になりそうなので、できるだけ曖昧にしておいた。
もちろん綺麗に洗濯しているけど、かなりヨレヨレになっている。
「あの……ヒヨリ、これでいい?」
「──!? 全然だめじゃないですか……何なの、もう……」
「けっこう理不尽だね!?」
そこに立ってるのは、ただの金髪美形だった。
相変わらず磨きしろの無い完成度。
いつもの小綺麗な格好よりも親しみやすく、むしろ世間の好感度は上がるかもしれない。
そんな彼はスウェットの裾をつまみながら尋ねる。
「大体この服……どうしたの?」
「それは元カレの」
「ウッッッッッッソでしょ………」
「あ、友達の元カレのです。……ぬ、脱がないで!」
慌ててアポロンさんを制止すると、
「嫉妬で皮膚が焼け爛れるかと思った……」と青い顔をしている。
それはさておき、私は仕切り始める。
「今日のテーマは【ロキみたいに過ごす】です」
「それは分かる気がするな~。俺もどうすればいいかエンキに相談したんだけどさ、参考として借してくれた本に載ってた内容、ほぼアイツのことだったし」
うーん、ソレからかわれてますよ、と教えるべき?
でもわたしも行きつく所が似てるということは、案外エンキさんのセレクトは正しかったのかも……。
「とにかく今日は彼を目指しましょう。わたしも敬語、やめてみますから!」
アポロンさんに快く「それはいいと思う」と賛成されたので始めます。いざ!
◆◆◆◆
今夜はごはんを用意しないことも、わたしなりのダメなポイントだった。
スナック菓子を買い込み、アポロンさんとつまみながらB級映画をハシゴする。
完璧から程遠い作品たちを観ることで、なにかこう、精神的な化学変化があるかなって。
でも隣にいるアポロンさんは、理路整然と語っている。
「やたらサメを使うのはさ、いわゆるテンプレだからだろうね。ライトノベルの世界では《異世界転生》っていうのが流行ってるって、ロキに聞いた。たぶん同じ理由なんだろうな、説明不要で視聴者に伝わるのがイイっていう」
「そう……ですね。そうだね」
「水中にいるっていうのも予算的に都合が良さそう。ヒレ・影・血を見せるだけで尺稼げるし。……そういう意味ではよく出来た作品だと思う」
おそらく完璧な洞察だと思われる。
ポテトチップスの食べ方まで妙に綺麗。
ああ、何だかつらくなってきた。
わたしは一体何を目指していたのか。
(滑ってるかもしれない──ううん、間違いなく滑ってる……!)
「ねえ、ヒヨリ」
「言わないで。わたしだって分かってる」
そもそも目的を持ってダラけているのでは、ロキの道には進めない。
もっと無意識にやらないと、と思っても余計アイディアは遠ざかってしまって。
「く、くふふ……! あはは! もうさ、映画よりヒヨリの百面相の方が面白いよ。コレ観るの止めて、普通におしゃべりしない?」
「アポロンさんは何かアイディアないの~…」
「うーん、俺は普通に酒かなあって考えてたけど」
「それはエンキさんに止められちゃって。ご用意はしたのですけど」
いいじゃん呑もうよと屈託もなく、せがまれる。ダメですと押し戻すも、なかなか諦めてくれない。
エンキさんと約束したようなものだからなあ。
でもこのまま失敗して終わるのは癪だし。
──そこで、ピンと閃いたものがあった。
ダメかもしれないけど、イチかバチかで。
「せめて衆人環視の元で飲むように、と言われてて。それを守るなら良いらしいから、アポロンさんは構わない?」
「出かけるってこと? 俺はまあ、別にいいけど」
言質を取ったので、しずしずと洗面所に向かう。手のひらにたっぷりと水を注いで。
「エンキさん、エンキさん。お忙しかったら、大変申し訳ないのですが。万が一おひまでしたら、お越し頂けないでしょうか。どうか無理はせずに」
「え、今なんて…………」
ほんの少しして、ゆるゆると水が揺らいだかと思えば……。
わたしのそばに、心配そうな顔をした《知識の神様》が立っていた。
何かトラブルだと思ってくれてそうだから、あとで怒られるかもしれないけど。
衆人環視って意味とズレてるかもしれないし。
でもまあ、変な本を与えてきちんとアドバイスをしなかった責任ということで。
さあ、お目付け役、よろしくお願いします!




