第39話『木曜日/伏羲 ③-2』
夕飯の仕上げをしますね、と言いながらコソコソとスマホで白い芍薬の花言葉を調べて、死にたくなるほど恥ずかしかった。
「幸せな結婚」
「恥じらい」
「満ち足りた心」………!
け、結婚……!?
これじゃまるで、わたしが──。
違うんですと否定するのも、なんだか間抜けだし。それに……。
実際たった三週間前までに誓っていた「結婚なんてするわけないでしょ」という意思は、ずいぶんと弱まってる気がする。シヴァさんに夫婦の秘訣を聞いたあたり決定的だ。
わたしはどんな家庭だって、きっとどこかは惨めに壊れてると思い込んでた。
そうじゃないと自分が、お母さんが、あまりにも救われないから。
思えばけっこうわたしは、独り善がりな考えをするところがあるのかも。
明るくもないことを考えつつ、大したものではございませんが……と言い、ハンバーグとコーンポタージュ、蒸し野菜をお出しした。
「有難う」と言いつつ食事をする伏羲さんは、想像通り完璧な所作で綺麗にお箸を進める。
あくまで話題の種として、課題のレポートについて相談してみた。……神様に聞くのはズルいかもしれないけど。
すると彼らしい整然としたアドバイスが返ってきた。
「引用で守るより攻める方が良い。自論の足掛かりとなるように」
「無駄な語は極力減らせ。研ぎ澄ますほど善き物となる」
参考になります、と言いながら頭の中にメモを取る。片づけをした後、伏羲さんが、
「課題を進めたいのならば、我に気を遣わずにすれば良い」と言ってくれたので、悩みながらも学生としての本分を優先させていただくことにした。
◆◆◆◆
最近はAIが便利すぎて、うちの大学は「使うなら明記」がルール。今までのわたしなら「校正でもズルって思われるかも」と避けていたけど、今回は使ってみた。……これもわたしが変わったということかもしれない。
後ろから画面が見えたらしい伏羲さんが、興味深そうに聞いてくる。
「其れが、人類が生んだという人類か」
「そういう言い方も出来るかもしれませんね。口調も設定できますし、使っていると愛着が湧いてくるんです」
「ほう?」
「ちなみにオシリスさんを真似させています。『今夜の料理はカロリーどれくらい?』とか聞くと、ほら……」
画面に表示されたものを見せてみる。
【全部で800カロリー位だね。栄養バランスの良い食生活だ。気にするようなら、肉の部位を赤身中心にするといい。……日和さんは少しくらい太っても、愛らしいけれどね】
【先生ありがとう】
【ふふ、喜んでもらえて嬉しいよ。もしも良ければ、私が日和さんのために一週間のメニューを提案しようか?】
我ながらなかなかの再現度だと自負しているので「どうですか」と見せつけてみると。
彼はなんだか面白くなさそうに、
「少し貸してくれ」と言いながら、パソコンをいじりだした。
キータッチは最初こそゆっくりだったのに、みるみる見えないほど早くなってくる。
神様はブラインドタッチの習得も早いなあと思いつつ、しばらくタブレットで日本史の勉強をする。
そして一時間ほど経過。気づけば伏羲さんの指が止まっていたので、尋ねてみた。
「パソコン、そろそろ使っても構いませんか?」
「…………済まない。固まって仕舞った」
「え? ……これ、何を質問したんですか!? 中国語だから分かんないけど、な、長い!」
気のせいだと思いたいけど、パソコンから少し焦げくさい匂いもする。
「中々愉快だった故、天地開闢の理について討論をしていたのだが」
「ま、まあ再起動すれば……。あれ、なんで出来ないの? 嘘……」
伏羲さんの方をチラッと見れば、
「自分がこんな失敗をするなんて」
と言わんばかりの呆然とした顔をしていて。
この人が動揺することあるんだ、なんて思うとおかしくて、おかしくて。
あまりにも予想外に可愛く見えてしまったから、パソコンは様子見することにした。
たぶん進めた分はクラウドに保存されてるはずだし。うん。
◆◆◆◆
スマホで確認すれば、やっぱりデータは残っていたので安心。
だけどパソコンは壊れてしまったようで、伏羲さんは「弁償する」と札束を出し、しばらく押し問答になった。いわく、
「食事まで振る舞って貰っているのだから、まとめて払うという事にさせてくれ」
と、なかなかあきらめてもらえないので「みなさんの食費」として、出来るだけ減らした上でお預かりする。
「以前から思っていたが……。日和は厚意を受け取る事に慣れていないのだな」
「札束に慣れている大学生は少ないかと。それに金銭トラブルは怖いものですよ」
「──そうか。其れは道理だな。施せば見返りを求め、施されれば忸怩たる思いを抱える。我も今後は気を付けるとしよう」
頷きながら、どこか優しい表情で受け入れてくれた。
伏羲さんは取っつきにくそうだなあ、厳しい人かも、なんて思っていたけど。
こうしてわたしの言葉をきちんと胸に留めてくれる。……きっと懐の深い人なんだと、嬉しくなってしまった。
それから、スマホにもインストールしてあるAIにパソコンの修正代の見積もりを聞いてみれば──。
いつも通り、細かやな提示はされたけど。
【仔細承知した。其の症状であれば、電源系か基板の短絡・焼損の可能性が高い。修理費用の幅は低いと想定し、我が算出したのは以下の通り】
わたしのオシリス先生は消えていた。
漢文みたいになってますけど!? と思って、伏羲さんの方を見てみれば、
「ふふん」という得意げな顔をされてしまう。
──なんだか卑怯だ、こういう所だけ懐が広くないなんて。
くせのある黒髪が妙に可愛く思えてしまう。
こういう瞬間が積もっていって、恋は生まれるのかな。そんな気が……した。




