第35話『火曜日/シヴァ ③-2』
こんなに色々見えてる状態で、明るい朝から近所を歩いていたの……と顔を真っ赤にしながら帰宅する。シヴァさんは、
「食材買ってきてメシつくるぞ?」
と言ってくれたけど、今日は遠慮しておいた。
なぜならカイくんは優秀すぎるので、もう少し準備をしておきたくて……。
どのみち夜にもお会いできますし、と言えば、ちょっと不満そうだけど「分かった」と言って帰ってくれた。
その後、お昼過ぎ。
大学の中でアポロンさんを見かける。
なんとびっくりソロである。
女の子は出来るだけ近づけないようにすると確かに言ってたけど、一体どうやったんだろう。
わたしに気づいて、パァッとお日さまのように明るい笑顔を見せてくれた。でも話しかけることが出来ないのは、やっぱり本当らしい。
バレない程度に軽く手を振り合うと、キャンパスの奥へ消えていった。
(アポロンさんとは、どんなことして過ごそうかな。そろそろプランを立てないとねっ!)
そうして迎えた夕方。
予定通りにシヴァさん宅を訪問し、カイくんに日本史を教える。
「日和せんせい、国司や受領はなんで腐敗しやすいんですか?」
「それは制度上の欠陥で……都から遠くて監視が行き届かないし、税の取り立てや会計を現地で握れるから、ごまかしやすいの。だから領民に無理をさせがちなんだね」
「日和せんせい、摂関政治と院政って、役職名以外にどんなちがいがありますか?」
(ひぇっ……良かった、自分用に控えてたメモにある)
「摂関は公式の役職で外戚が政治を真ん中から動かすんだけど。院政は天皇だった人が別チーム──院を組んで、そこから主導するっていう違いがあります」
……くっ。前回よりもエッジの効いた質問をしてくるので、一体どこまで伸びるんだろうと嬉しくも不安になってきた。
やっぱり神様の子は伊達じゃない。
二時間後、「今日はここまでにしましょう」と言うまで、わたしの脳トレは続いた。
カイくんよりも疲れてそうなわたしに、シヴァさんが「晩メシ食ってけよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えてしまう。
げっそりした顔で、
「息子さんが賢すぎるんですよ」と言えば、「そういや最近、久々に体も大きくなった気がするな」とのこと。成長期なのかな?
今夜はザ・インドといったカレーを中心としたメニューで、たまらなく美味しかった。
わいわいと三人で色んなことを話す。
こんな風に家庭の楽しい食卓を囲むことなんて生まれて初めてだから……失礼かもしれないと思いながらも、つい長居をしてしまった。
そろそろ帰らないと悪いよね、と思っているとカイくんはどうやら随分と懐いてくれたようで、
「日和せんせい、一緒にあそばない?」
と、おずおずとゲームに誘ってくれた。
色んな作品のキャラクターが殴り合うやつ。
わたしは嬉しいけど、いいのかな? と思ってシヴァさんをチラリと見れば、
「良かったらお願いできるか? コイツは友達と……あんま長い付き合い、できないからさ。見た目がどうしても、追いつかねーから」
なんて少し悲し気に耳打ちされたので、これはもう満足してもらうまでやるしかない、と気合を入れて遊び倒した。
……ひたすら負け続けただけだけど。
◆◆◆◆
その後もお風呂から上がったカイくんが「せんせい帰るのさびしい」と引き留めてきて。
シヴァさんは「さすがにもうダメだぞ」と言ってくれたけど、彼の境遇を考えると放ってはおけない。
ベッドに入った子のそばに寄り添って、下手ながらも子守唄を披露した。
「赤とんぼ」や「七つの子」などの定番をいくつか選んだけど、そろそろネタ切れだなあと思い、わたしもウトウトしながら無意識のまま歌う。
「赤い靴 はいてた 女の子……異人さんに つれられて 行っちゃった……」
「………ふしぎな歌詞だね、せんせい」
「───えっ? ………あれ……?」
なぜこんな歌を。
メロディーはともかく、あまり子供向きの歌詞ではない。学校で習ったのかな。今まで思い出すこともなかった曲。どうして。
痛みだした頭で疑問に思っていると、カイくんはすやすやと眠っていた。
寝室を出て、リビングで待っていたシヴァさんのそばに座る。
「疲れてるのに、寝かしつけまで任せて悪かったな…って、どうした? なんだその顔……」
「…………どんな顔、してますか?」
「なんか、迷子みたいな──。心細そうな顔してる。何があった?」
わたしが聞きたいくらいだった。
こんなに楽しい時間を過ごしていたのに、頭が痛い。
この感覚──伏羲さんが贈ってくれた空間でも同じだった気がする。
あの時は紙がぱらぱらとめくられる音がしたけど。そもそも、あれって何なの?
「すみません、ご迷惑かもしれませんが……ソファで少し横になってもいいですか? 風邪とかじゃないと思うんです、ちょっと頭痛がするだけ」
フラついてしまったわたしを見る目が、これ以上ないほど心配という様子で申し訳なくなってくる。
「いくらでも休んどけ。明日になったら、ヒヨの部屋に送っとく」
魔法的な何か、なのかな。
出来るだけ使いたくないって言ってたのに。
やっぱり遠慮しないと、と思った次の瞬間には──意識が途切れてた。
………………………………。
誰かがわたしを抱っこしている気がする。
羽になったかのような浮遊感。
温かい身体、この腕の中にいれば大丈夫だという安心を抱えて、わたしはもっと深く眠ってしまう。
なのに、柔らかいどこかへ降ろされてしまった。
「行かないで………ごめんなさい、ごめんなさい………」
重たい溜息が聞こえる。
きっと怒っているのだろう、その人に向けて、もっと謝っても返事が無い。
だけど涙をぬぐってくれた感触はあって、嫌われてはいないのかと余計にあふれてくる。
「早くオレのコト好きになりゃ、どこまでも甘やかしてやれんのに」
かすれたように低い声が聴こえたけど、内容はよく分からなかった。




