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第34話『火曜日/シヴァ ③-1』

 時刻は間もなく火曜日0時となる頃。

わたしの相棒となりつつあったテレビは、どうにか死守できた。月読(つくよみ)さんには、


「恋愛の勉強に使っている」

「壊れてないのに捨てるなんて、神様なら環境に配慮した方がいい」

「ロキのプレゼントだから大切というわけじゃない」


と必死に説得してみたところ、どれかが刺さってくれたらしい。


「…………よりによって、なんでロキなの」


「なんでも何もプレゼントでこの手のものを選ぶのは、ロキくらいじゃないですかね」


かなり客観的な事実だと思うんだけどなあ。

月読さんは珍しく脚を組んで溜息をついた。

またしてもむくれた雰囲気が(かも)し出され、聞きづらいことだけど聞いてみる。


「もしかしてロキのこと、あんまり好きじゃないですか?」


「嫌い」


「そんなキッパリと……けんかしたとか?」


なんとなく相性が悪そうかもということは、今となれば分かる。

不器用だけど優しい月読さんと、(つか)みどころがなくて少し怖いロキ。


「おれたちがやり合ったら、たぶん世間は大変。そうじゃなくて……って、もう時間だ」


(あわただ)しく窓を開ける月読さんは、

「アイツだけ呼び捨てって、やだ。今度はおれにも、そうしてね」

と告げて、とぷりと夜に()けていった。


(色々ありすぎたけど、今日もかけがえのない……大切な一日になった)


わたしに馴染んだ彼の香りが消えてしまうのが、ほんの少し寂しい。


◆◆◆◆


 翌朝、火曜日の八時過ぎ。

昨日の名残を引きずって、ぼーっとゴミ出しに行くと……。


「あらぁ~、シヴァさんの所のお嬢さんじゃない~!」


元気なマダムに声をかけられた。

しまった、彼女たちのことを忘れてた……!

火曜日はもっと早く捨てに行かないといけなかったのに。


女性は朝からバッチリとしたメイクに、おしゃれな格好をしている。完全に対神(たいかみ)仕様だ。


「お、おはようございます……」


「今日もお可愛らしいわねえ、シヴァさんが大事にするのも分かるわあ~」


「恐縮です、もったいないお言葉です……」


本当に親戚と思ってくれてる様子。

日頃どんな会話をシヴァさんとしてるのか、ちょっとだけ気になった。

すると、女性が思い出したように言う。


「そうそう、彼、神社の方に行ったわよ」


「えっ!? 神社ですか!?」


いくら宗教にゆるい日本でも、神道(しんとう)の地にインドの神様が入るって許されるんだろうか。

なぜかわたしが申し訳ない気分になってくる。

いや、これが真面目すぎるっていうこと?

どうしたものかと悩みながらも、歩いてすぐの所なので向かうことにした。


目的地に着けば探すまでもなく圧倒的な存在感で見つかる。

こじんまりした所だから、まるで彼が(まつ)られてるかのようなサイズ感。


「シヴァさん、おはようございます」


「お? おはよ、ヒヨ。……そうか、さっきのお嬢さんに聞いたんだな」


彼から見ればたしかに十分にお嬢さん。

ご本人が聞いたら喜ぶかもしれないなあ。

そんなことを考えつつ、こちらで何をしているんですかと尋ねてみる。


「日本は《神仏習合(しんぶつしゅうごう)》だっけ、昔は神道に仏教が混ざってただろ。ココは歓喜天(かんぎてん)──ガネーシャだな。オレの息子の一人が関係してたみたいでさ」


「あ……! たしかにそうでした。ごめんなさい、てっきり何かの勢力争いかと」


「オレのこと、どういうイメージで見てんだよ!?」


カラッと笑い飛ばされた。

シヴァさんは最初の印象と全然違って、爽やかな朝が似合う。この人と会ってから一日が始まると、元気が出る気がした。


彼に手招きされて、石造りの階段に並んで腰かける。羽織(はお)っていた上着をわたしの下に敷いてくれた姿は、とてもスマート。

こういう風に、かつての奥さんも大事にしていたのかな。


「あの、唐突(とうとつ)かもしれませんけど。夫婦が仲良くある秘訣(ひけつ)って、何ですか?」


彼の方には向かず、綺麗な青空へ問いかけた。


「…………そーだなあ。月並みな言い方だけど、対等でいるコトじゃねーの?」


「やっぱり釣り合ってないといけないってことですか? ……あれ、でもカイくんのお母様は人間だったんじゃ?」


「じゃなくて、対等の関係でいるってことだよ。尊重し合いながら、言うべきことは言う……って感じか」


対等。尊重。言うべきこと。

どれもわたしの育った家庭で、見られたことはない。

父は裕福な生まれのエリートで、時々新聞にも文化人として取り上げられる。

母は片親の貧しい家庭で育った高卒。父に止められ、社会にも出られずじまい。


両親は壊れるべくして壊れた関係だと思っていた。だけど……そんな記号的な話じゃないのかもしれない。


「シヴァさんは、奥さんのどんな所に()かれましたか?」


「朝から随分()り下げるな……。んー、オレを言い負かすほど強くて、情熱的で、よく食べて。……気分屋だし、個性的な女だったよ」


彼はちょっと戸惑いながらも、じっくり考えて答えてくれる。


「ふふ……素敵な方ですね、神様にそんな風に言わせるなんて」


心の底からそう思う。飾らない関係。

そんな二人から生まれていれば、わたしも父の愛を受けられたんだろうか。


いつもなら苦しくなるはずなのに──。

ピカピカの良い天気のせいか、そこまででもない。昨日は散々な醜態(しゅうたい)をさらしたけど、わたしは少しずつ強くなってるのかな。


(あっ……奥さん、亡くなってるのに……。無神経にあれこれ聞いちゃった。謝らないと)


今さらながら気づいて彼の方を見ると、穴が空きそうなほどじーっとわたしを見つめている。

自分から(なつ)いている自覚があるとはいえ、ずば抜けてかっこいい人なので、やっぱりドギマギしてしまった。


「え、えっと」


「──ヒヨ、マジで変わったよな」


「えっ? あ、はい。みなさんの影響だと思います」


最近よくこれ言われるなあ。

そんなにかなあ、と思えば。


「部屋着カワイーけど、色々透けてんぞ」


「ん? ………ひぎゃっ!?」


「オレの言った通り真面目すぎんのも、お堅すぎんのもヤメたんだな。うんうん、イイ傾向だぜ~」


実に満足そうに頷く姿を見て、先ほどの失礼を謝るのは絶対よそうと誓った。

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