第33話『月曜日/月読 ③-2』
世間の人たちはこんなにも不安になる心を抱えて、どうやって恋を続けてるんだろう。
いつか捨てられるんじゃないか、そんな風に思うのはおかしいの?
(月読さんはそもそも、どうしてここまで大事にしてくれるんだっけ?)
よく考えたら、好きと言われたことが無い。
言われるようなことも、していない。
人類を滅亡させたくないから──それだけに決まっていた。
あんなに色んな女の人たちに囲まれるほど、素敵で優しくて、しかも神様。
わたしなんかが釣り合うわけもない。
見合っていないと、きっと、いつか……。
「……日和? どうしたの?」
「あっ、なんでも、ないです」
月読さんは少し不思議そうな顔をして、ホットケーキを一口食べる。
「……すごく美味しい。日和は料理上手だね。ずっとこうしていられたら、いいのに」
その優しい声を聴いたら、もう駄目だった。
「あの、わたし、買い忘れたものがあったので、行ってきますね」
逃げるように財布も持たず、外へ逃げ出していた。でも戻る気が起きない。
焦る気持ちを抑えきれず何度もエレベーターのボタンを押して待っていると、月読さんが家から出てくる。
「どうしたの? 日和……なんか、変」
彼の顔が見られない。
今のわたしの顔を見られたくない。
何も答えられず、階段を駆け下りようとすると腕を掴まれた。
「…………まって。言わないと、分かんないよ。おれ、なにかイヤなことした?」
それはわたしが初日に月読さんへ突きつけた言葉だった。
「不満げな態度で相手を気遣わせるな」という。
こんな風に自分のもとへ返ってくるなんて恥ずかしいけど、どうにもならない。
沈黙が落ちて、たぶん長い時が経っていた。
もうすっかり夜になって、どこからか夕飯の香りがする。──魚を焼いた匂いも。
【なんだこの焼き加減は、やり直せ】
何度も何度も聞いた、あの男のセリフ。
お母さんは焼きすぎたのか、足りないのかすらも教えられず、泣きながらキッチンに──。
なんであんな人を選んだのと問いただせば、
【結婚するまでは優しかったのよ】
こんなことを思い出してしまって、耐えられない。誰かを大切に思い始めると、幸せな時間の受け取り方が分からない。
「い、いつまで……やさしく、してくれるんですか?」
「…………え?」
「結婚するまでですか? 人類が滅亡しなくなれば、そこで終わりですか?」
「……………………」
失礼なことを言ってるんだと思う。
純粋に良い神様なだけかもしれないのに。
それでも疑う心が止まらない。
しゃべり出した口も止まらない。
「わたしのこと、好きなわけありませんよね? 心配だっただけですよね? それならやり過ぎないでほしい、気まぐれで恋させるような真似しないで……!」
「気まぐれじゃない」
刺さるほど真剣な声に、思わず体がビクッとなる。反射的に怖いと思った。
「…………月読さん、『大嫌』」
その言葉は、簡単に使っていいものじゃなかったのに。
口をついたそばから後悔しそうになっていると、唇を優しく指で止められていて……。
次の瞬間には、わたしは夜空の中にいた。
大きな満月を背負って。
一体どれくらいの高さにいるのか、わたしは月読さんに抱きかかえられている。
暴れたら落ちてしまうんじゃないか、と怯えてしまいそうなものなのに……。
彼の体温が心地よくて、その腕が力強くて。
どうしてか、さっきよりもホッとしていることに気づく。
「…………今、好きって言っても。信じてもらえなさそうだから、言わない」
そうかもしれない。
こんな幻想的な場所だから、なおさら。
「日和のこと、大切に想ってるよ。その理由なんていくらでも言える。でも……最初のきっかけが一体いつで、何だったかなんて、おれでも分からない」
(──マリちゃんも言ってた。本当にそういうものなんだ……)
月読さんは、なんて言えば良いかを丁寧に考えてくれているみたい。
ゆっくり、一言一言を選ぶように語り出す。
「大切な理由。………日和は真面目で、優しくて」
「……………………」
「それと、可愛くて、料理上手なところ。あと──」
「…………ふっ、ふふ、ふふふふっ。あははっ! 何それひどい、普通すぎる……!」
さっきまでものすごく苦しかったけど……面白過ぎて突っ込んでしまう。
神様なのに、まるで小学生が女の子を褒めるみたいな語彙だから。
だけど普通なわたしには、十分すぎるくらいの賞賛だと思う。
月読さんは一瞬「笑われるなんて心外」という雰囲気を出したけど、少しイタズラっぽい声で更に言った。
「あとね、嘘つきなところ。意外と素直じゃないっていうか、強情っていうか」
「う、嘘はついたことないでしょう」
意趣返しのように身に覚えのないことを言われて、ちょっとムッとする。すると。
「さっき言ってた。おれのこと、大嫌いって」
その顔があまりにも得意げで、愛しそうに見つめてくるから、思ってしまった。
この人はきっと、わたしを傷つけないんじゃないかって──。
◆◆◆◆
大きな満月に背を向けて、しばらくふたり、無言でいる。今度はいつもの落ち着く静寂。
月読さんを見ると、紫の瞳がいつもより深く見えて作り物みたいな美しさだった。
ずっとこのままでいるのも悪くない、なんて思っていたけど……。わたしは人間。
「すごくロマンチックな状況ですけど、そろそろお腹が空いてしまいました」
「…………じゃあ戻ろっか。おれもホットケーキ、ほとんど食べられてないし」
目を開けばすぐにマンション近くの木の陰にいた。神様ってすごい。
部屋の中に入ってホットケーキを温めてる間、月読さんがいまさら言う。
「そういえば、テレビ買ったんだ?」
「ああ、ロキが買ってくれたんです。アニメ観たりゲームしてます」
何の気なしに背中越しで答えると、カチャカチャと音がして……。
嫌な気配がうっすらしたので振り向いた。
「じゃあ捨ててくるね」
「なんで!?」
気に入ってるからやめてください、と言えば
「もっと良いの買うから」と余計意固地になっている。
さっきまであんなに神々しかったのに……やっぱりちょっと、面倒可愛い。




