第32話『月曜日/月読 ③-1』
夜の十一時に差し掛かる頃、オシリスさんはマンションの入り口まで送ってくれた。
「日和さん、とても楽しい時だったよ。ありがとう、それでは……おやすみ」
と言った後、砂のように風に吹かれて消えてしまった。
この神様はいつでもわたしの心を整えてくれる。……依存してしまわないか、心配になるほどに。
(わたしの目標は独り立ちだったんだけどな)
なんとなく自分の中では、経済的自立のことばかりを考えていた。それは恋をする予定が無かったせいかもしれない。
精神的自立には遠くなったんじゃないかと、ふと怖くなってしまって。
月読さんとは明日の夜に約束したし、神様たちのことは考えずに今夜はもう眠ろう。
そして迎えた月曜日、今日はかなり集中して講義を受けることが出来た。
生活リズムが狂いがちだったのを、いつも通りに戻せたのが相当大きかったみたい。
(このままの調子でいよう! 今すぐに結婚しないと、世界が滅亡するわけでもないし)
うん、自分で言ってておかしな内容だとは思う。でもどうやら事実らしいので……。
そういえば数年で滅亡って、もうちょっと具体的なリミットは分からないのかな。
今度ロキ以外の誰かに聞いてみないと。
◆◆◆◆
翌日、月曜日の夕方に、いつもは使わないオシャレな街の駅で降りた。目的は安くて素敵なプレートを買うこと。
先週もらったガラス瓶のお礼として、月読さんのためにホットケーキを焼こうと思い立って。
少しでも豪華にして喜んでもらいたかったので、セール品で気に入るものがあったことに安心する。
さらにちょうど探していた、あるものも手に入れて大満足。
(あとは色んなフルーツを乗せれば、だいぶ見栄えは良くなるかも!)
ほとんど来たことがない場所なので少し散歩しようと思っていると、なんだか人だかりができていた。女性ばかりで賑やかなので、一体何事だろうと覗き込めば……。
(な、なななな、なんでこんな所に!?)
Tシャツにシンプルなジャケットを羽織った、月読さんだった。
「連絡先おしえてもらえませんか~!?」
「写真撮ってもいいですか?」
「どこの事務所に所属してますか???」
わいわいキャアキャア騒がれている。
すごいね、漫画みたい……。
彼は相変わらずの無表情だったけど、わたしには分かる。あれは完全に困惑している。
前に「自分を散布する」と言ったくらいだから容姿の自覚はあったはずだけど、おそらく最近の女子の積極性を知らなかったんだろうなあ。
「…………あの、おれ」
「声までイケボじゃん!!!」
「………………………」
断り方が分からないようで途方に暮れた目をしていて、それがまた色気のある憂い顔になっていることを分かっていない。
こりゃだめだ~……。
この中に入っていくのは怖いけど、でも、見捨てることは出来ないっ!
蒼野日和、だいぶ強くなりました。
顔を引きつらせながらも足は進む。
「お、おまたせっ!」
「ひ、日和っ」
わたしの方に駆け寄ってくれたので、さっと手を引いて速足で駅に向かう。
後ろの方から「やっぱ彼女待ちだったか~」と聞こえたけど、そう思っていても向かって行ける彼女たちは本当にすごいと思う。
彼の方をチラッと見ると、なぜか少し顔が赤くて、目が潤んでいた。
可哀想に──よっぽど怖かったに違いない。
わたしの手を強く握りしめている。
電車に乗ってから、ようやく話が出来るとばかりに尋ねてみた。
「月読さん、一体あんなところで何をしてたんですか?」
「…………下見、してた。日和と……行きたい、ところ」
(うう、可愛い……。落ち込んでいる所がまた、庇護欲をそそるというか)
あんまり言いたくなかったらしく、バツの悪そうな顔をしている。
それにしてもアポロンさんといい、神様はけっこうその辺をフラフラしてるものなの?
「プラン立ててくれてたの、嬉しいです。バッタリ会うなんて思わなくて、驚きましたけど」
「…………ごめんね、まだ約束の時間じゃないのに。おれ、一回還るから」
「えっ! ああ……。でも、せっかくですから、このままいらしてください」
気を遣ったわけではなく、本心からそう言えば。
月読さんは「いいの……!?」とまぶしいほどのキラキラなオーラを放ってしまって。
電車中の人たちが一斉にこっちを見てしまうほどだった。
◆◆◆◆
フルーツやその他の食材を買いに、一緒にスーパーで買い物をする。
カゴを持つと言ってくれたのでお願いしたけど、あまりにも似合っていない。
でもそれが妙にツボに入ってしまって、わざとネギや大根といった所帯じみたものを入れてしまうわたしは、なかなか意地が悪いのかも……?
そんないたずらに気づかない月読さんは、なんだかちょっと嬉しそう。
会計の時にお金を出そうとするのを「今日は特にダメです」と止めて、二人で帰宅した。
そういえば扉から出入りする月読さんは初めてかも。こんなことに違和感を覚えつつ、
「ちょっとやることがあるので、ソファで待ってて下さい」
と言えば、大人しく座ってくれている。
やっぱりちょっと犬っぽい。
それから三十分ほどフルーツを綺麗に切るのに手間どってしまったけど、ゴージャス路線のホットケーキが完成したのでテーブルに運んだ。
「月読さん、月読さん。こちら、大したものではありませんが……先日のお礼です」
「えっ!? 嬉しい……すごく綺麗。おれのためにこんな手間、かけてくれたの?」
「所詮はホットケーキですけどね。召し上がってください」
すると、彼は今度は固まってしまう。
「食べたら消えちゃう」と悲しそうなので、写真を撮ってあげた。そうすると──。
「おれ………今日がいままでで、一番しあわせだ」
いつもの無表情が嘘みたいに、花が咲いたかのような満面の笑顔を向けられて。
誰かに何かをしてあげることの喜びを、芯から教えてもらえた気がする。
そして、この好意を失う日が来たら──。
わたしはどうなるんだろうと、氷のような感覚も走ってしまった。




