第30話『日曜日/オシリス ➁-1』
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当たり前かもしれないけど、あの後はあまり眠れなかった。午後からのバイトに差し障るのが嫌で、出来るだけ考えないようにしたのに。
先週は「イヤならやめればいい」とか、「たった一人が犠牲になることで救われる世界なんて、いらない」とか、わたしの逃げ道を示してくれていたロキが、この話を考えた張本人。
一見矛盾しているようだけど……これこそが彼の本質のように思える。
他の神様と違って、ゆらゆらと揺れる彼のことで頭がいっぱいになるのが怖くて。
こういう時、強制的に引き戻してくれる「仕事」という存在は、ありがたいと思った。
夕方にお邪魔したお宅は上品な家庭で、しっかりしたお嬢さんは熱心に体験授業を受けてくれる。手ごたえはあったから、採用してもらえるといいな。
自宅に帰って、またポストを確認していなかったことを思い出して開ければ──。
やっぱり見覚えのある封筒が入っていた。
甘え癖をつけてはいけないと思うのに「オシリスさんに会いたい」と願ってしまう。
部屋の中に入って手も洗わずに封を開ける自分は、けっこう参っていたのかもしれない。
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日和さん
今週もお疲れ様。
日に日にそちらは暖かくなっているだろうか。
私は七時に貴女の自宅から程近いカフェ『The Angelus』にお邪魔しようと思う。
閉店までゆっくりしているけれど、個人的に訪れたかった場所だから、来るかどうかは私を気にせずその時の都合で決めてほしい。
それでは、貴女が楽しく毎日を送れていることを願っているよ。
أوزيريس
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読み終わった後、自分でも驚くほど気が抜けた。
「今週は会えない」と書かれていたらどうしよう、と思っていたらしい。
指定された場所は知る人ぞ知る名店として静かな人気を集めているカフェで、入ったことはないけど場所は分かっている。
明日、日曜日の夜がどうにも待ち遠しいと思いながら……倒れ込むように眠ってしまった。
────遠くで電話が鳴っている音がして、ガバッと起き上がる。
(あれ!? 今日って何曜日!?)
今のわたしではあり得ない混乱をしながら慌ててスマホを探すと、お母さんだった。
「日和、いま起きたの? 夜ふかししたんでしょう、もうお昼すぎよ」
「え!? う、うそ……何時間寝たのか思い出せない……」
ぐしゃぐしゃになった髪の毛を触りながら、自分に驚く。
思わずこぼすと母に「あなたにしては、めずらしいわね」と笑われた。
よかった、元気そうで一安心。
それにしても、うっかりしちゃった……。
寝すぎたせいか、ひどい頭痛がする。
通話を切った後に鎮痛剤を飲み、ぱたぱたと雑事をこなして、ようやく出かける頃。
今度はタイミング悪く、派遣会社からの連絡が来てしまう。
「日曜日なので悪いかなと思ったんですけど、昨夜の親御さんから採用のお知らせがあったので。蒼野さんが喜ぶかなと」
もちろん嬉しい、嬉しいけど……!
十分ほど話を聞きながら「ごめんなさい約束があって」と伝え、慌てて向かった。
お店に入る途中に掛けてある鏡を見れば「もしかして浮かれすぎ!?」というくらい、メイクも服装も可愛くしてる自分が恥ずかしくなる。
ここ、近所なんですけど……。
妙に緊張しながら『The Angelus』──晩鐘という意味をもつカフェに到着する。
重厚で品のあるオーク材の扉を開けると、中はその名にふさわしいダークな色調。
どこにいるのかなと見渡せば……。
オシリスさんが座っている一番奥まった席だけ、まるで区切られてるかのように静謐で。
こんなにも存在感のある美しい少年なのに、周囲の人は目を向けることも憚られるようで、あえて視線を外していることが不自然だった。
声をかけづらいなと思っていると、本を読んでいたオシリスさんが、ふと目を向けてくれて。
「こんばんは、日和さん」
少し低い声で穏やかに微笑まれる。
……大げさだけど、それだけで救われたような気持ちになった。
◆◆◆◆
わたしと同じ年くらいの女性の店員さんが、注文した紅茶とケーキを運んでくれる。
明らかに緊張しているのは、当然オシリスさんの品格のせい。
彼女がスプーンを落とした時、彼が顔に似合わないゴツゴツとした手でそれを拾って、
「私は要りませんから、お気になさらず」
と優しく声をかければ、その女性は頬を染めて絶句していた。
その気持ち、わかりますよ……。
店員さんの代わりじゃないけど、わたしは言いがかり的に文句を言う。
「…………オシリスさんは、ずるい人です」
「それ、月読にも言われたばかりだね。日和さんをドゥアトにあんまり誘わないでと、釘を刺されてしまった」
くすくす笑いながら「仕方のない子だ」と肩をすくめている姿は、少し薄暗い店内によく似合っていた。
「今週はどうだった? ……ああ、探るつもりではないんだよ。楽しく過ごしているか、気になったから」
銀色の瞳には好奇心じゃなくて、ただ聴いてあげようという大人としての配慮を感じる。
間違いなく、わたしは彼の前では子供だった。
(わがままだよね。それをなんだか寂しいと思うなんて……)




