第29話『土曜日/ロキ ➁-2』
ああ、窓の外から白々とした光が舞い込む。
すでに朝だよね、そんなの分かってるよ。だけどここまで弄ばれたら、どうしてもやり返したいでしょ。
「ねえロキ、もう分かってるからね?」
「ん~?」
「勝ち負けより、わたしが一番ショック受けるタイミングがどこかって考えた上で、色々投げて来てるよね? 青いトゲトゲのやつ、わたしが一位の時しか使わないし」
「そんなことないよお、ひよりんの被害妄想だよ~☆」
そう、最初は初心者なのにけっこう勝ってると浮かれてた。でも四時間以上もやってれば気づく。ロキはこのゲームを遊んでるんじゃない、わたしで遊んでる。
「あ、ああー!!! そこで!? …………ハイ、もう終わり! 午後はバイトもあるし寝るからねっ」
わたしが悔しそうにプチッと電源を落とせば、
「キャハハ」と笑ってるのが憎たらしい。
歯磨きをして「さあ、元の場所にお帰り」と怒っていると、
「ひよりん、どんどん明るくなるねえ。最初とかなり違うじゃない。プレイスタイルもやたら攻撃的だし~、面白いコだわ。……六時には帰るからさ、もうちょっとだけお話しようよ」
いつもと違う大人っぽい、優しげな顔で言われた。
まあ、たしかにまだ例の「何でも聞いてもらえるお願い」を使ってなかったし。
だけどさすがに眠気も限界に近いんだよね。
ちょっとお行儀は悪いけど……ロキならいいかと思って自分だけベッドで横になる。
彼はソファでだらーっとしながら、こちらを見つめていた。
カーテンから射す光が逆光になって、彼の表情はよく見えない。
「ねね、何をお願いするか決めた? 今日限定だよん?」
「……それが困ってるんだよね。実は他の人にも、どこ行きたいか、何したいか、って聞かれた時に答えられなくて」
正直に告白した。
我ながら、なんてつまんない人間なんだろ。
ロキにも「あらあら無欲な子ねえ~」と呆れられる始末。
「さっきのお返しでロキにも恥ずかしい思いをしてもらう、っていうのはアリだけど」
「脱げばいいの?」
クッションを投げつけたら、あっさりと片手でキャッチされる。
──……そしてどこか妖しい声で言われた。
「ぼくの得意分野はねえ、誰かを驚かせたり、楽しませたり………やり返したり、だよ」
「……………………」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「あー、その顔……。さてはターゲットいる~?」
たった一言で、まどろみそうだった自分の頭が冴えてしまったことに気づいて。
あくまでわたしは、変わらない声色で「そんな人いない」とだけ答える。
◆◆◆◆
枕に顔をうずめたから、彼の鼻にかかった艶のある声だけが耳につく。
いつものふわっとした雰囲気は感じられない。
「ひよりんさ、恋をしたいって言ったんだって~?」
「………そうだけど」
「先週も聞いたけどお、今のところ誰が一番好みなのん?」
「わか」
「分かんないはナシで。……そこまで子供じゃないだろ?」
唐突に、刃物のように切り捨てる声。
──先週と同じだ。こういう風に、彼はわたしを乱すらしい。
まるで男友達みたいに一番近くにいる気がするのに、一番よく分からない。
それこそ彼にやり返したくて、低い声で言う。
「すくなくとも、ロキじゃない」
「えー、傷ついたあ。……じゃあぼく、当てよっか?」
「そういうのやめて!」
思わずガバッと起き上がる。
ロキは不愉快そうでもないし、愉快そうでもない。
その姿を見て、腹立たしいというより、ほんの少し……。
「ひよりん以外にもさ、女の子の候補はいたんだよ? だけど月読が『この子がいい』ってめずらしく主張したもんでさ。色々あったけど、そんな経緯で選ばれたの」
先週エンキさんに聞こうとしてたのに、どうしてか今は尋ねる勇気がなくなってたことまで、彼はわざわざ探り当ててくる。
「ひよりんはスゴいよねえ? なんだかんだ他の男たちも、きみに真剣に惹かれ始めてる。あの瓶って月読からだろ。──そういや、伏羲とオシリスの気配もする」
ガラス瓶はデスクの上だけど、伏羲さんの空間紙とオシリスさんの手紙は仕舞ってあるのに気づけてしまうものらしい。
「すっかり貢がれちゃって~。その秘訣を知りたくってさあ……。今日、楽しみにしてたんだ」
「みなさん優しいだけ。あなた以外」
出来る限り表情を変えずに伝える。
『大嫌い』と言うべきな気がした、でも私は何に怯えているの……?
ほんの少しの間、緊張と沈黙が部屋を包む。
再び口を開いたのはロキの方だった。
「ぼく、分かってきたなあ。アイツらがイイ年して、きみから目を離せなくなってる理由。神だからこそ、って感じだねえ~?」
「………………………」
「何千年も生きる存在だからさ、あんまり変化が無いんだよ、神ってヤツらはさ。だから会うたびに違う面を見せる、ひよりんに魅力を感じる」
「もう帰って」
精いっぱい冷たい声で言った所で、彼の言葉は止むことはない。
「ぼくも気に入ってきた。最初の頃のオドオド弱々しい子は、どこに消えたの?」
「………………………」
「 ゲームってさ、プレイすると性格よく出るんだよねえ。さっきの見る限り……。ひよりんのさあ、剥いても剥いても中身が見えない──その心って、」
「帰ってよ!!!」
この小さなワンルームでは十分すぎるくらいに響く大声。なのにロキは気にも留めずに近づいてくる。
────怖いと、明確に思った。
震えそうになるわたしの耳元で、彼はそっと囁く。
「『大嫌い』って言えばあ? ってそうだ、お願い事……ほんとにしないの? 損だけしちゃっていいのかな~?」
「……………じゃあ、質問に答えて。人類を救うための結婚だって言うけど。こんなおかしな方法を思いついたのは、どうせあなたなんでしょ?」
別に彼に聞かなくても誰かが教えてくれそうだとは思う。それでも確信をもって聞いてみた。
すると何とも満足そうな声で嗤われる。
「………く、くくく。花丸あげるよ」
答えの後には、軽く耳にキスされて。
彼の唇のピアスの感触が冷たく残って。
次の瞬きの後には、ロキは居なかった。




