第28話『土曜日/ロキ ➁-1』
夜の広場から最寄り駅まで向かっている途中、アポロンさんと「ちょっと悪いこと」って何だろうねと話し合う。
暗いからなのか、もう彼と並んで歩くことに気後れはしなかった。
「本の結末を先に読むとか、どうでしょう?」
「イイ線いってそうだけど、いまいち判断が難しいね」
「自分はエライ!良くできた!って褒めるとか」
「それって悪いことじゃ無いし、俺はいつも完璧だからなあ」
そんな雑談をしながら歩いていると、思い出したようにアポロンさんが言った。
「そういえばヒヨリ、お腹すいたでしょう? あー、気づくの遅れてごめん」
言われてみればそうだった。
あんまり意識してなかったけど、この時間に食べるのは躊躇われる。
「今日はこのまま眠ってしまいます。来週、わたしが行き先を決めてもいいですか?」
「そっか、分かった。じゃあ時間とか決まったら大学でメモでも渡してくれる?」
ああ、金曜日以外は話しかけられないルールがありましたもんね、と納得しつつ。
近づくこと自体がだいぶハードルが高いけど、と思っていることが伝わったみたいで。
彼は内緒話みたいに、自分の唇に指を当てて言った。
「女の子はあんまり近づけないようにするからさ。お願い、せっかくの俺の《特権》……大学生活のときめきってやつを味わってみたいんだ」
「分かりました。──それにしても特権っていうか、反則っていうか。みなさん何も言わないんですか?」
特に伏羲さんあたりは叱りそうなイメージがある。ロールスロイスのお出迎えも大概だけど。
「どうかな? それは内緒。──……あっという間だ、もう着いちゃったね。今夜はここまでにしておく」
含みのある言い方と共に、エントランスで手を振られた。わたしが乗ったエレベーターが昇ってしまうまで。
部屋の中に戻れば、土曜日の0時まであと二時間弱。先週のロキを思い返す。
(何も嫌なことなんて、言われてない。きっとわたしが過敏なだけ……)
そもそも基本的には楽しい一日だったんだから。
妙な緊張をするのはやめようと自分に言い聞かせる。
わたしの狭い部屋に突如現れた大きなテレビ。
台が無かったから小物を仕舞っている小さめのキャビネットの上に無理やり置いていて、少しはみ出している。
そのちぐはぐさが、まるで彼そのもののようだった。
そうしてゆっくりと湯船につかりながら、ロキは何時に来るんだろ……と思いを馳せて。
のぼせそうになって脱衣所に出れば。
「えっ……!? い、いや……キャー!!!」
「あっ、これはヤバい」
パーカー姿のゆるふわ男が、冷静な反応と共にそこにいた。
◆◆◆◆
まぎれもなく、土曜0時になったのは丁度いま!!!
「ひより~ん、ごめんってば。そろそろ機嫌なおしてよお……?」
何度も謝ってくれたけど、不思議とわたしには分かる。あんまり反省してないでしょ!
「………なんでフライングしたんですか? 金曜日担当のアポロンさんに、ペナルティを課されるべきでは?」
「敬語に戻ってるしー! えっと、ほんとにわざとじゃないんだってば~。ちょっと間違えちゃっただけで……人なら誰しも過ちは犯すわけでえ……」
「あなた神でしょ」
冷たく言い切れば何ともわざとらしく「えーんえーん」と泣かれて、その拍子に銀色のピアスが鈍く光った。
無暗に色気のある顔立ちが、眉を下げて懇願してくる。
「今日はさ、お詫びにひよりんのお願い何でも聞いちゃうっ。だからトゲトゲするの、もうやめよ……?」
「………わかった。何でもだからね? すんごいの、お願いしちゃうかもだからね?」
かなり本気で脅しているのに「おっけー、おっけー☆」とまるで怯んでいない。
特にいま必要としてることはないけど、驚かせるような何かを考えないと……。
妙な対抗心が芽生える。
髪の毛を乾かしている間に、ロキは色んな果物を剝いていた。
いつの間にか持ってきてくれていたらしい。
「夜だけど、これなら食べてもイイんじゃない~?」
綺麗に盛り付けてくれて「ほんとにホストっぽい」と笑ってしまう。
ウサギさんになっているリンゴをつまんで、あれこれ話していると、彼はいわゆる『日本好きの外国人』みたいだった。
「前から日本には遊びに来てたけどさ、ほんと最高のカルチャーだと思うよ。この神をも恐れぬ神の扱い。なんでオーディンが美少女なワケぇ~、くくく……」
だらだらとソファに寝転んでスマホゲーをやっている姿は、そこに表示されている世界観と大差ない気がするけど。
「ロキはどういう風に描かれがちなの?」
「ぼくは大体、裏表のあるイケメンかなあ~。つまんないよね、当たってて」
しょぼんとしてる姿は普通に可愛い。
さらに「真の姿は、闇を抱えし孤独な者…!」とポーズまで取っているのが面白くて、声を上げて笑ってしまった。
「はぁ~、ぼく、ほんとは朝活より夜更かし派なんだよねえ。ひよりん、今夜はまだまだ寝かさないぜ~?」
「えー……。ずっと出かけてたから、すでに眠いのに。何するの? アニメ観る?」
日常系だと一話も持たないかもしれない、と思っていると。
またしてもどこから調達したのか。
「ここは日本らしく……おうちデートでやるならコレでしょ!」
取り出したのは国民的なレースゲームだった。もちろんやったことはないけど。
「何をやりたいか」と伏羲さんに問われたので、未知のことこそ試さないといけない気持ちになっていたから断る理由が無い。
ロキといると自然体になれるし、きっと楽しいと思う。




