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第27話『金曜日/アポロン ➁-2』

 夜の美術館は金曜日のせいか、想像よりも人が多かった。

展示物よりもアポロンさんの方に視線が向いているのは気のせいじゃないと思うけど、それは仕方ないかもしれない。

美しいものを観に来てる人たちなんだから。


彼は見られることに慣れきっているようで、特に気にすることも無くわたしに問いかける。


「ヒヨリはさ、こういう現代美術って好き?」


「うーん、ごめんなさい……正直あんまり意味が分からなくて」


一緒に眺めているのは、色々な素材で出来ている不思議な(かたまり)たち。

標題と説明書きを見れば「そういうことなんだ」とうっすら理解は出来るけど、心から素晴らしいと思えないのは、わたしに何が足りないんだろう。

うーんうーんと(うな)っている姿がおかしかったのか、アポロンさんはいつも通りの明るい笑顔で言った。


「だよねえ、ごめん。本当はもっと分かりやすい展覧会の方が良かったよね。日本ではモネみたいな印象派が人気なんだっけ」


「宗教画はあんまり人気ないって言いますね」


んー、少しは元気出たのかな?

《芸術の神様》でもあるらしいし、こういう所だと調子が戻るとか?

その方向で話題を続けてみる。


「アポロンさんはどんなのがお好きなんですか? あなたに挙げてもらえる作家さんは、勲章(くんしょう)ものですね」


「俺は──。大体何でも好きだよ、芸術を(こころざ)した人が生み出すものは。ただ、大嫌いなものも、あるけど」


それに重ねて尋ねることは出来なかった。

わたしの部屋にいた時よりも、明確に傷ついた顔をしていたから。


◆◆◆◆


 一通り見て回った後に外の広場へ出る。

暗い所から見ると美術館はまばゆいほど輝いていて、これこそが芸術みたいだった。

アポロンさんは()えられたベンチにわたしを誘導しながら、腰を下ろして言う。


「ねえ、もう分かってると思うけど……」


「え、何がですか?」


さすがに唐突すぎる。

そんなところで言葉を切られてもなあ、と首を傾げていると。

ちょっと難しい顔をした彼が、またしても謎のことを言う。


「そういう駆け引きじゃなかったの? 俺の手には乗らないっていう」


「???」


ますます分からない。

「もう少し具体的にお願いします」と申し出てみる。


「だからさあ。俺が他の子と一緒にいる所を見せて、嫉妬させようとするっていう……。でもそういうのをヒヨリは()えて避けるっていう、分かるでしょ~……」


ちょっと情けない声を出す彼の声を聴きながら、ハッと(ひらめ)くものがあった。


「ああ! 恋愛リアリティーショーで、よくあるやつですね」


やっぱり予習は役に立つ。

思わず笑顔で指を立てて言えば、かなりの衝撃だったらしい。


「……………ふ、ふふふ……。どうせ俺は、恋愛弱者だからね……」


そう乾いた笑いを放った後、ベンチの背を(あお)ぐように倒れ込んでしまった。

──よくあるやつ、は言い過ぎだった。

それにまさか、そんな意図があった行列だとは夢にも思っていなかったので。


押し黙るアポロンさんをこれ以上傷つけたくないから、わたしも大人しくしている。

葉擦(はず)れの音がさわさわ言って、春の夜は気持ちいいなとぼんやり思っていると、しばらくしてからようやく話し出してもらえた。


「俺さ、大学で完璧ってよく言われるんだ」


「それはそうでしょうね」


キャンパスの男子たちの言葉を思い出した。

医学部でも成績は良いだろうし、この容姿で、分け(へだ)てなく明るくて。

みんなが知ってるか分からないけど、楽器も弾けるとなれば文句の言いようが無いかと。

納得しているとアポロンさんはまだ言う。


「まあ、大学だけじゃなくて。神代(かみよ)の頃から理想形って言われてて」


「それもそうでしょうね」


これってマリちゃんみたいに「お?自慢か?」とか返してあげたら(なご)むんだろうか。

思いつくのに、わたしはどうにも言えないんだよね。

悩んでいると彼はまた黙ってしまう。

これでは(らち)が明かないので、水を向けてみた。


「言いたくないのでしたら、無理はなさらずに。……でも先生が言ってました。『頼りたい時は頼って、そのぶん他の人を助ければ良い』って」


「…………!」


「遠慮しないで下さいよ。わたし、みなさんに助けて頂いてます。その分のお返しをしたいんです」


この気持ちが伝わるといい。アポロンさんは、

「会えば会うほど印象変わるよね」

と目を見開いて驚いてるけど、(いつわ)りのない心だから。

すると、きらきらした金髪を夜風に吹かせながら語ってくれた。


「俺さ、本気で好きになった相手とは、必ず上手くいかないんだよ。一番酷い時なんて女の子に逃げられるだけ逃げられた上……。『この人のものになるくらいなら』って、目の前で樹に変身された」


「それは………なんだか神話的です」


「実話なんだけどね? からくりはあったけどさ、正直今でもトラウマで」


うつろな目をしている所からして本当に作り話ではなさそう。

自分が同じ立場になったら、どう思うかな。


「だから好きになりそうな子に、自分から向かって行けないんだよ。追ってもらわないと不安で。………軽い気持ちなら、上手にやれるんだけど」


(たしかに先週はもっと余裕そうだった気がするなあ)


「俺は《完璧コンプレックス》なの。……分かってるんだよ、黄金比だけじゃ辿(たど)りつけない美があるって。だけど神としての役割なのか、プライドなのか、どうしても崩せない」


「──………『過ぎたるは、すべてにおいて避けよ』」


「えっ?」


シヴァさんに教えてもらった言葉を、そっと差し出してみた。

そしてわたしは(こぶし)を握って続ける。


「よし! アポロンさん、わたしはユルい子を目指します。ですから一緒にダメになる訓練をしましょう」


「……んん? ユルい子?」


あからさまに戸惑った声を出されたけど、気にしない。


「言われたんです、真面目すぎるって。でもなかなかこれが治らない。そういう時は誰かと協力し合えば、解決できる気がするんです」


ベンチから立ち上がり右手を差し出した。

わたしを見る彼の瞳は完璧な(みどり)色で、綺麗すぎて可哀想だ。


「来週からわたしと、ちょっと悪いことしてみませんか?」


言い過ぎかなと思いながらも口にしたら……まるで幻を見るような表情で、


「────いいね、それ」


同意と共に、手を握ってもらえた。

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