第22話『水曜日/エンキ ➁-1』
明るい室内でシヴァさんをまじまじと見ると──。
カッコ良くても怖い外見のままなのに、一番文句を言いやすい存在になっていると気づいた。
「これが現役の子育て世代、ということでしょうか」
「何が? ……ああ、甘えやすいって? そりゃ年季が違うしな。分かってると思うけど、人間の男にあんまり同じモン求めんなよ?」
分かってますよと答えれば、笑いながら、
「そりゃよかった。さすがに酷だからな」
と付け足される。
うーん、わたし……神様との恋愛に失敗したら、やっぱり未婚の道を歩むんじゃ……。
ちがう、その前に世界が滅ぶんだった。
いまだにピンと来ないけど。
そんなことをしていればもう良い時間。
玄関でカイくんに手を振りお暇を告げた後に、シヴァさんが思い出したらしい。
「そーいやエンキが明日はどうしても忙しいから夜九時になりそうだって。扉から行くけど、都合悪いなら無視してくれていいってよ」
「そんなことしませんよ。ご飯を用意してお待ちしてます、と伝えてください」
すると「イヤダ、それは妬く」と即答された。
シヴァさんがそんな風に思うのは意外。
彼のわたしを見る目は「親戚の小さい子」みたいに思えてたから。
◆◆◆◆
翌日、水曜日は文字通りに雨だった。
しとしと降る音を聴きながら講義を受けて、合間に先週のエンキさんとのやり取りを思い出す。
(そういえばわたし、冒頭から「結婚しない」って言ったんだったな)
その後に経緯を説明され、ギャンギャン怒って泣いて。
しかも最後は盛大にお腹を鳴らすという失態。
子供みたいな姿からスタートしてしまったので、ある意味もう怖いものは無かった。
もう一度じっくり話したいと思ったけど、お仕事で疲れてるなら面倒な話はせず、楽しく過ごしてもらおうかな。
聞けば人類のために色々してくださってるし。
夜も遅めだから消化の良いメニューにしよう。ううん、そうだよね、胃痛とか起こすわけないとは思うの。
でもなんかこう、イメージで……。
夜、ぐつぐつと料理をしていたら予定の九時より少し遅れてインターフォンが鳴り、迎えてみれば──。
「エンキさん!? そんな……前回よりひどい!」
服装は新品に見えるけど、銀色の髪よりも顔が青白くて呼吸が浅い。
どうしよう、病院……いやアポロンさんか! ──うん、水曜日でした。
エンキさんはヨロヨロといった風情で、小さくつぶやく。
「……日和ちゃん、遅れてごめんね。あと前回よりくたびれた姿で……。ちょっと仕事が忙しくて……。その辺に転がしておいてくれたらいいから。なんならこのまま外でも」
「ごはん用意してます。聞いてませんでしたか? おなか、すいてませんか?」
あまりにも哀れで労わるように言うと、パッと顔を上げて「本当に~!?」と目をうるうるされた。
ここまで喜んでもらえると、やっぱり嬉しい。
エンキさんは「これ、つまらないものだけど」と手土産でチーズケーキを渡してくれた。
中へ案内して、キッチンで温め直したリゾットと鶏肉のレモンソースがけ、サラダを用意する。
「ああ……僕、日和ちゃんがそばにいてくれたら、二十四時間戦えそう」
「ふふ、昭和──わたしより年上世代の標語でそういうのがあったみたいです。……って、そういえば」
ふうふうと冷ましながら食べているエンキさんに向けて、ささいな質問の予告をする。
彼は「なあに?」と目だけで優しく返事をした。
「皆さんの中で伏羲さんが一番年上なんですか?」
「んぐっ!?」
「この間ロキがオジイ……いえ、お兄さんだと言っていて。あっ、興味本位で聞いていいことじゃなかったですか……?」
配慮の無い言葉だったかもしれないと、慌ててしまう。エンキさんはものすごく目線が泳いでいるし心配になってきた。
「え、ええとね。別にダメな話題じゃないよ。
……でも、伏羲じゃないかな~…。惜しいけどね~?」
「そうでしたか。うーん、じゃあ性格的にオシリスさんかなあ? あはは、見た目はあんなに可愛いらしいのに。面白いですね」
「……………」
(やっぱり様子がおかしい! もうこの話題はやめよう)
何かもっと面白いことを、と頭をぐるぐるさせると消え入りそうな声で言われる。
「僕、です」
「え?」
「僕がダントツで年上です……文献では五千歳くらいだけど、実際はもっと……」
ごめんねおじいちゃんで、と弱々しく微笑む姿に血の気が引く。
大丈夫です、若く見えますからという必死なフォローは効いていなかった。
こんなに神秘的な美貌をしたおじいちゃんは、いないというのに。
◆◆◆◆
もしかしたら傷つけてしまったかもしれないけど、前回のわだかまりが無いことは伝わったみたいで。
エンキさんが徐々に屈託のない笑顔を見せてくれるので、わたしもホッとする。
顔色も心なしか良くなったかも、と思っていると、ふと眼鏡をはずして拭きだして──。
濃いクマと長い睫毛に隠された目元から綺麗に光る水色のものが見えたので、ついつぶやいてしまった。
「エンキさんの瞳……湖みたいですね」
そうした純粋な感想を伝えた直後に、これって恥ずかしいこと言ってるんじゃ……と思ったら。
「ええっ!? 日和ちゃん……ほんとに変わったんだね?」
心底驚いたような顔をされて、その後にふんわりと「ありがと」と、はにかまれた。
自分で言っておいて動揺してしまう。
恋をしようって思うと、人はこんなにも違う自分になれるらしい。




