第19話『月曜日/月読 ➁-2』
窓の向こうからトラックが走っていく音が聴こえる。続いて追うように響くのは風の音。
人の気配は感じられず、夜はどんどん深まっている。
月読さんはいつもの無表情のまま静かに語ってくれた。
「そういうことを続けてたら。日和、ある時からぱったりと夜歩きしなくなった。それはそれで、気になって……だからおれ、探そうと思ったら、今回の話になって」
「不思議な……ご縁ですね。本当にありがとうございました。もう危ないことはしません」
「…………初めて会った日。夜道でからまれてたけどね」
(うっ……そういえばそうだった。あれは仕方ない事態ではあったと思うけど)
月読さんの夜みたいな瞳が少し揺らいでいる気がする。
初めて見た時から端正な顔立ちをしていると思ってたけど、見れば見るほど繊細な造りをしていて、その性格を表しているようだった。
「…………だからさ、おれ、悔しいんだ。何年も大したこと出来なかったのに、他の誰かがあっさり日和を変えたのかなって」
「あっさりというには、わたしにとって強烈な一週間だったんですけどね」
その答えには納得がいかなかったみたいで。
「誰かが変えたってとこを否定してよ」と文句を言われるのは、やっぱりちょっと面倒くさくて可愛いと思ってしまう。
お茶を淹れますねと席を立てば「おれがやる」と言ってくれたので、その間に着替えることを伝えて脱衣所に移動し──鏡を見て驚く。
マスカラもしていない軽いメイクだったけど、散々泣いた上に寝ていたので、顔はぐちゃっとしていた。
(これで綺麗なんて。月読さん、どこを見て言ったんだろう。恥ずかしい……)
さっきまでの落ち着いた気持ちが吹き飛んでしまい、おずおずと部屋着になって戻る。
ふわりと漂うアールグレイの香りでもそう簡単になだめてはくれなかった。
二人でまたソファに並んで、ふうふうとお茶をすする。
「…………ねえ、そういえばなんでお洒落してたの? 一瞬おれのためかなって思ったけど、なんとなく違うって分かった」
(ああ、服装を褒めてくれたのに不満げだったのはそういうことだったんだ)
ようやく謎が解けた、と納得しながら普通に報告する。
「昨夜はオシリスさんの国にお招き頂いたので、あんまり普通の恰好ではダメかなと」
「!!!!!!!」
無表情な月読さんが、この時だけは目を見開いて驚いていた。
マグカップを持つ手がかすかに震えているけど……そ、そんなに?
「ずるい! それってアリなの!? じゃあおれもしたい………あっ……、死者の国だよね、それって。おれの《夜の宮》と、ちょっと被ってるじゃん」
露骨に不満を言い出す姿は、ほんとうに弟という感じで。
「そんなことないですよ、ぜひ連れて行ってほしいです」
「…………うん。じゃあ、準備するから。また今度ね」
本心をからめつつ宥めると、今日で一番嬉しそうな空気をまとってくれた。
◆◆◆◆
気づいたら夜中の二時を過ぎようとしていたので、そろそろ寝ますと言うと。
「…………えっと、一緒に寝てもいい?」
なんてとんでもないことを子犬のような瞳で言ってきた。
いけませんと当然断る。
「そういえばですね。わたしにはわたしの生活リズムがあるので、これからは予定を組ませて頂きたいんです。お願いできませんか?」
自分なりに毅然とした声で告げれば、意外なほど素直に「わかった」と言ってもらえた。
「今日はおそらく夜七時くらいに帰りますので、十時にお越し下さい」
「…………………………ん」
「それ、ううんじゃないですよね?」
「…………………………うん」
翌日は初バイトがあるので十二時には眠りたいこと。
翌週からは夜八時から空けておくことを伝えれば、こくんと頷いてくれて安心する。
「それでは月読さん。また、夜に」
「…………おやすみ」
しずしずと窓から出ていく姿はまるでシッポが生えているようで。
オシリスさんが譲ってあげる気になるのも、よく分かってしまう。
そして夜、帰宅してから一通りのことを終えて。
大学の課題をこなしていれば十時ぴったりに窓を鳴らす音が聴こえたので、思わず顔がほころんでしまう。
「おかえりなさい、月読さん」
「…………! ただいま」
なぜ嬉しそうなのかは、知り合う内に分かるのかもしれない。そんなことを考えていると、
「これあげる」と八角形のレトロなガラス瓶を手渡されて──。わたしは思わず、いつもより大きな声を出してしまう。
「すごい………! これ、どうなってるんですか?」
口から底に向かって金と銀にきらめく何かが滴っている。
目に優しい速度とやわらかい光。
途切れることがない無音の旋律。
月読さんは優しい瞳で説明してくれる。
「前に月とか流れ星みせたいって言った。でもそれだとオシリスの死者の国と被りそうでイヤだから、形にした」
「なんて綺麗なの──。月と星の光ってことですか?」
「ちょっとアレンジしてるけど、大体そう。
…………気に入ってくれた?」
そんなの決まってる。
どうしてそんなに心配そうなのか、おかしな神様。
(夢のような温かい灯り……。まるでわたしを守ってくれるような……)
嬉しくて胸がいっぱいになった。
その想いを伝えたくて、彼の綺麗な桔梗色の瞳を見つめて言う。
「こんなに素敵なものを頂いたの、はじめてです。ありがとうございます」
「……………また、一番乗りできた」
聞き覚えのある言葉と共に、ふんわりと笑う姿を見て──今度こそ、ときめいてしまった。




