第18話『月曜日/月読 ➁-1』
温め直してもらった食事を終えて、わたしは何気ない日常のことをしばらく話した。
するとオシリスさんが「ああ、いけない」と何かに気づいたように、軽く目を見開く。
「そろそろ日和さんを帰してあげないとね。月読に文句を言われてしまう」
「あれ? もうそんな時間ですか?」
腕時計をしていないけど体感では夜九時くらいだと思っていた。
彼は髪の毛をさらりと揺らして、内緒話のように声を落として教えてくれる。
「ふふ……。『月曜日は一番夜更かししてもらえないから、遅くまで一緒にいないでくれ』ってね。頼まれてしまっているものだから」
苦笑いをしながら、
「私だって時間制限があるのだけれど」と肩をすくめていて。
「なんだか弟に譲ってあげるお兄さんみたいです」
正直な感想を告げれば、納得される。
「近いかもしれない。私たちの中で月読は一番年少というのもあって、微笑ましくてね」
「えっ!? そうだったんですか」
「……ああ、今のは彼に言わないでほしい、失言だった。それではおやすみ、目を閉じて」
いたずらがバレたような瞳をする彼に従うと、まぶたに唇の感触がして。
「!? なっ、なな!?」
びっくりして目を開ければ自宅の玄関にいた。
さっきまでとギャップのありすぎる現実的なワンルーム。
「なんだか色々とすごい神様だった………」
あれってキスされたんだよね?
こっちに戻すための行為? それとも……。
今さら耳が熱くなってきてしまう。
神様だから当たり前かもしれないけど、オシリスさんとは対等になれる気が一切しない。
わたしなんて、ただの小娘なんじゃないかな。
(月読さんが一番若い、かあ)
ちょっと拗ねたり、わがまま言ったり。
月読さんと出会ってから一週間、なんだかあっという間だった。
何時に来るかは分からないけど0時ぴったりだとしたら。
せめて二時間くらいはお話できるように、お風呂に入ったら少し寝ておこうかな。
おなかもいっぱいで眠いし……。
◆◆◆◆
コツコツ、と何かを叩く音で少しずつ目が覚めていく。
(────……あ!? ワンピース着たまま寝てるかも!?)
うっかりソファで意識を失ってしまってた。
シワになるのに~…と思って起き上がると、また音がする。
窓に目をやれば案の定そこには月読さんがいた。前と同じく着流し姿だけど、今夜は儚げな藤色をしている。
わたしはあわてて窓を開けて迎え入れた。
こちらとしては先週けっこう仲良くなれたと思っているから、なんだか自然と笑顔を浮かべたまま。
「こんばんは、月読さん」
「……………! ……日和、こんばんは」
あれ、いつにも増して彼の言葉に溜めが多いように思う。何かに気づいて、その後にちょっと膨れてしまったような。
こちらをチラチラ見ながら、
「かわいい恰好してる」と褒めてくれるのに、不満げなのは一体どうしてなんだろう。
「……前に注意されたから。ちゃんと言う」
「え?」
「…………日和、前に会った時より、もっと綺麗になった」
まさかそんなことを言われると思わなかったので、どう反応するべきか困ってしまう。
「あ、ありが」
「もう誰か好きになったの? それ、おれじゃないよね……」
「どうしてそういうことに!?」
彼がとぼとぼとソファへ向かい、すとんと座る姿は……申し訳ないけど、なんだか。
「……ふふっ」
「!?」
散歩を断られてしまった子犬みたいで、可愛いと思ってしまった。
彼は笑われても相変わらず無表情のまま。
目だけをぱちぱちとさせている姿が妙に好ましく思えて、その隣に座る。
少し眠ったことで頭が冴えたのか、視界が広く感じる自分に気づいて。
(月読さんの着物──よく見たらうっすら小さな柄が入ってる)
よく似合ってる、なんて思えるほどに余裕を持った自分に驚いていると、月読さんはポソリとこぼした。
「………日和も。分かりやすく、言って」
さすがに犬っぽくて愛らしいと思ったとは言えなくて、代わりに質問に答える。
「誰も好きになってはいませんよ。でも変わろうと思ったんです──恋を、しようって」
「えっ……」
「だから改めてご挨拶させてください。わたしは蒼野日和、教師を目指しています」
告げた後に、彼の方を見つめたら──。
「…………おれは月読。ずっと前から、日和を見つめてた」
今度はわたしが驚いたのだった。
◆◆◆◆
急かさずに次の言葉を待っていると、続けてくれる。
「…………日和、中学生くらいから夜の公園にひとりでいること、あったよね」
「───はい。今思えば、良くないです」
あの頃から家の中にいるのがつらくて。
父親の罵声や母親の泣き声。
自分の部屋の中にいると、どこにも逃げ場がない気がして、耐えられない時に二階の窓から外に出てた。
「…………なんて危ないことしてるんだろって。もちろん日和以外にもそういう子はいるけど。特別、気になって」
「どうしてですか?」
目立つ存在じゃないことは自分でも分かりきってるから不思議に思うと、月読さんはいつになく早口でしゃべる。
「だって毎回毎回、声も出さずにボロボロ泣いてるのに、電話が鳴ったらカラッとした声で『もう帰るから大丈夫』なんて嘘ついてるから」
「! そう、でしたっけ……」
自分のことなのにそこまでは覚えてなかった。
言われても思い出せない。
わたしは知らず、自分の腕をつねってしまう。
「おかしなやつらが来ないように。日和のまわりには月の光をたくさん注いでた。えこひいきだけど、これくらいイイでしょって思って」
「ちっとも気づかなかった……」
素直に言えば「それはそうだよね」と、ようやく月読さんは少し微笑んでくれて。
その表情があんまりにも消え入りそうだから、わたしの胸は切なく痛んだ。




