第17話『日曜日/オシリス ①-2』
ちゃんとした服を着て来て良かった……。
そう思ってしまうのは、オシリスさんが「神様です」と言わんばかりの白くて不思議な格好をしていたから。
そんな彼に「可愛らしい姿で来てくれて嬉しいよ」と囁かれて照れてしまい、ろくにお礼も返せない。
(こんなに色気のある中学生はいませんね!? 今さらだけど、神様の見た目と年齢は関係ないみたい)
「着替えてくるから少し待っていてほしい」と告げられた後に通されたのは、程よく金色で飾られた白い建物の一室。
植物のつるや葉っぱが茂って、現実には再現できない荘厳さだった。
ふつうだったら緊張するはずなのに……どうして窮屈な感じがしないんだろう。
もしかしたら、誰もいないからかもしれない。
わたしは自分が思っているより他人の目を気にして生きてるのかも。
いつからそういう風になったんだろう。
◆◆◆◆
しばらく室内の美しさに目を奪われていると、落ち着いた足取りで彼がやって来る。
先ほどと違って黒いシャツとスラックスという現代的な格好になっていた。
「お待たせ、日和さん」
「お仕事お疲れ様でした──オシリスさん」
動くたびにサラサラと音を立てそうな、ちょっと青い髪がきれい。本来は日焼けをしていたのかもと思わせる褪せた肌色。
誰よりも愛らしいけど、不思議と女の子には見えない顔立ちをしている。
その上、神様然とした余裕のある物腰だから、なんだか混乱してしまう。
彼が席につけば、どこからか飲み物を運ぶ人が現れたけど、なんだか生身ではなさそう。
ヴェールをしているのもあって性別すら分からない。
上品に「乾杯」と言われてわたしはオタオタしてしまったのに、そんな姿を笑うでもなく彼は話を向けてくれる。
「疲れているのは貴女の方だろう? 中々無体を働いた者もいたと聞く」
「そう、ですね……みなさん悪気がないのは承知しているのですが」
「そもそも……知り合ったばかりの女性の家に入り浸るというのが、いけないね」
「!!! 分かって下さいますか……!」
そうなんです、皆さん遠慮の気持ちがあっても、神様のせいかズレてるんです。
くすくすと笑う彼の姿は優雅そのもの。
銀色の瞳は鏡のようで、何もかも見透かされてるように感じる。
見た目は完全に年下の美少年なのに、なんだか先生のような安定感がある人だなあ。
彼は微笑みながら、わたしに気遣いを示してくれた。
「困っていることがあれば、皆に何でも言ってしまうといい。もしも自分では難しいというのなら、私が代理で伝えても構わないが……」
「! あっ……いえ、お気持ちは嬉しいのですが……わたしが言います」
「そうだね、貴女は聡い。自らで言わなければならないこともあるからね」
まるで褒められるように同意されて、ほんの少し自分自身を認められそうになって。……やっぱりその気持ちはしぼんでしまった。
(お母さんが言ってた……。「最後にようやく、あの人に立ち向かえたの」って)
わたしは結局一度もあの父親にぶつかっていけなかった。お母さんに謝れって、ほんとうはずっと言いたかったのに……怖くて。
この後悔がずっとわたしの自信を奪ってる。
ほどなくしてパンやスープ、魚、果物と、質素ではなく穏やかという言葉が似合う料理が並べられる。「召し上がれ」と勧められるままに食べると、体の奥が安心する味だった。どこか滋養を感じる。
彼はわたしの暗い気持ちを察したのか、さらにフォローをしてくれた。
「──とはいえ、他者の力を借りるのが何時でも間違っている、ということも無い」
「……はい」
「頼りたい時は頼るようにね? その分、他の者を貴女が助ければ良いのだから」
その言葉はわたしの心を優しく撫でてくれるようだった。
思わず胸がきゅっとなってしまって。
「──先生っ! ……ありがとうございます、もっと早くお会いしたかったです」
「せ、先生?」
パンを握りしめたまま、はらはらと涙が流れてしまう。
「わ、わたし………わたし、許せない人がいるんです。大切な人を傷つけられて。どうにかあの男を負かしてやりたいって思うのに、わたしじゃ出来ない」
「……………」
なんで泣きながらこんなことを食事中に言ってるんだろう。お行儀が悪すぎて恥ずかしい。
でもオシリスさんは動揺することなく、じっとこちらを見つめている。
「手堅い職業につきたいのは、結婚も……恋愛もリスクだって思ってて。自力で稼いでお母さんと二人で生きていきたい。やっとつかんだ温かな毎日を、手放したくない」
「……なるほどね」
そっとハンカチを差し出してくれるのが、完全に堂に入っていて。
神様ってすごい。優しくされると、もっと泣きたくなる。
エンキさんの時に少し近いかもしれない。
この人なら受け止めてくれるって思ってしまったのかも。
「貴女の気持ちは分かったつもりだ。どうしても嫌なのであれば止めにしよう。……伏羲も、そう言っていたからね」
「伏羲さんが……。そうですか、ありがたいです」
信じてなかったわけじゃないけど、こんなに短期間で話し合いをしてくれていたことに驚いた。
オシリスさんは寄り添うように言葉を重ねてくれる。
「けれど日和さんは、もう気付いている。恋をしてみたいと想っているのだろう?」
「…………………はい」
「強い信念であればある程、それを撤回するのは苦しい。だから貴女はこの数日、傷つき動揺した。辛かったかもしれない」
何もかもがおっしゃる通りだった。
(きっとここが分かれ道。わたしが、わたしらしく生き直すための)
もう同じところで立ち止まるのはやめよう。
臆病なのが簡単に治らなくても。
どうせなら新しい、知らない道で思いきり転びたい。
情けない顔をしているだろうけど、オシリスさんの瞳を真っ直ぐに見つめる。
そうすると彼は、感心するような声色で微笑んでくれた。
「ああ、良い顔だね。──人の子にふさわしく、爽やかな変化だ。まぶしいほどだよ」
「先生、今日はありがとうございました」
「……その、先生というのは……出来ればやめてほしいのだけれどね」
困ったように首を傾げる表情は、ちょっとだけ少年みたいで……わたしは何だか嬉しい。
そう思ったのは、彼に近づきたいと思ったからかもしれない。
※本日2/1(日)19時より10分置きに合計14話を投稿します。
※2/2(月)以降は曜日に合わせた2話ずつを基本的に投稿します。
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