第15話『土曜日/ロキ ①-2』
土曜日・午前十時。
わたしはソファで日常系といわれるアニメを、人生において初めて視聴している。
「ロキ、こういうオチがない優しい作品って……。ぼーっとしながら観るのにいいね」
「だよねえ~。ぼくはゴリゴリのアクションも、ドン引きのグロ系も好きだけど。初心者にはこういうのが合うかなって思ってさあ」
気づけばわたしもすっかり敬語をやめていて、同級生に対する態度になっていた。
これ何の時間だっけ? とは疑問に思うものの、それを上回る楽な気持ちに満たされる。
ロキは一度観た作品のせいか手持無沙汰なのかもしれない。ソファに座ったわたしの髪を後ろから勝手にいじりだして……。
しばらくすると「かわいくできた」と鏡を見せてくる。
編み込みをされていたけど、計算され尽くしたゆるさ。
彼はとても器用らしい、本当に上手だった。
お礼を言いながらふと、ロキのちょっとだらしないTシャツを見て思い出す。
「そういえばさ、初めて会った時……なんでみんなスーツだったの?」
今は思い思いの恰好をしてるように思うので、あの日だけ統一されてたのが少し気になっていたんだよね。
「あれはねえ、プロポーズするなら日本の風潮にならえって。責任者の一人が言うもんだからさ~」
責任者の一人って、七人以外ってことかな?
聞いてみたかったけど、
「………ぷっ! あはは! 今はそういう人の方が少ないんじゃないかなあ」
予想だにしない回答だったから、つい笑ってしまう。ロキも、
「ぼくホストくずれみたいだったでしょ~」
なんて、かわいいポーズを取りながら言うから余計におかしいのが止まらない。
◆◆◆◆
ひとしきり笑って──そのせいか何気ない会話のようにポツリと漏れてしまった。
「……ねえ、わたしが誰かと結婚しないと、ほんとうに世界は危険なの?」
「ん~…? たぶんそうじゃない? 確実がどうかは知らないけどー」
我ながらずるいと思う。雰囲気に流されて、
「大丈夫じゃない?」って言ってもらえると期待してた。
肯定されたら追い詰められる気がして、わざと頭の隅に追いやっていたし……。
人類の未来を担うには、わたしの器が小さすぎる。
暗い気持ちになったわたしを気遣ってくれてるのか、ロキはアニメを観ながら軽い言葉をかけてくれた。
「ひよりんさあ、ひとりで背負いこむこと無いって。イヤならやめればいいんじゃよ?」
「………引き受けるのも、逃げるのも。あまりにも重すぎる内容でしょ」
対象が人類全体っていうのもスケールが大きすぎるし。
ソファの上でわたしは身を丸めてしまう。
彼はそんなわたしの後れ毛をちょいちょい、といじりながら言った。
「人類が滅亡するとしてさ、それはみんなの責任だろ~。ひよりんだけおかしな話に巻き込まれてるわけじゃん?」
「まあ、そうだけど」
まったくその通りなんだけど。
わたしには関係ないと必死に拒絶するには、現実味が薄いのかもしれない。
「もー、ちょっと肩の力ぬきなよ。たった一人が犠牲になることで救われる世界なんて、いらないと思うなあ、ぼく。……別に罰ゲームみたいな悪い話とも思ってないけどね~?」
「うん、ありがとう」
その後「そういえばお菓子もあるんだな~」と言うロキと一緒につまみだす。甘いものを食べると、ちょっとだけ気分が上向いた。
「そういえばさー。ひよりんは今のとこ、どいつが一番好みなの?」
「ぶっ…!? ごふっ…」
唐突に苦手な話題!!!
みっともないことにクッキーの粉がむせてしまった。
「あ~、もぐもぐしてる時にごめんね? いや~、面白い話が聞けたらいいなーなんて」
ジロッと睨むと、へらりと返されて。
「好みなんて……自分でもほんとうに分かってないの。結婚がイヤで、ずっと恋愛もできないかなって思ってたから」
「ほー」
ロキはぽりぽりとスナック菓子を食べながら相槌を打つ。
自分で聞いておいて興味薄げなのはなぜなのよ~…。と困惑しながらも、わたしは語る。
「でもこの間……伏羲さんに『誰かを好きになるのは“生命の華”だ』って言われて。最初から何もかも諦めるのは、やめようかなって」
どういうわけか何でもロキには話せてしまう。
なのに彼ときたら。
「……ふっくくく……これだから古い神はさあ……。ハハハッ。あいつはジイサンなんだよ、気にしちゃダメダメ」
「わ、笑うようなことかな?」
乾いた笑い声で否定された。
……なんだか伏羲さんに悪い気がしてくる、勝手に話を共有するべきじゃなかったかも。
わたし無神経だった。
悔やみながらも、どこかモヤッとした気持ちでいると、ロキは微笑んだ。
「生命なんて何の意味もないよ? 戦争しようが、滅亡しようが、恋愛しようが、孤独でいようが……。人類って、目的がないのに終わりがあるからサイコーなんだろ?」
「……………!」
「そりゃあ恋愛が日々の彩りになるってのは間違っちゃいないけど~。『誰か』だの『生命』だのって限定してるのがねえ。対象は二次元でもよくない? 推し活なんてすごい熱量だし。今どきじゃ人工知能とだって楽しめるよん?」
それは、きっとそう。
大切にする存在が何であれ、本人が幸せなら誰も否定する理由が無い。ロキはきっと何事も拒まない寛容さがあるんだと思う。
なのに──。そのうっすら色違いの茶色い瞳からは、なんの感情も伝わってこなくて。
「どんな風に生きたっていい。どこまでもきみら人類は自由さ」
今までのふわっとした空気をまとったままに告げる彼の言葉は……。
わたしにはどこまでも、冷たく想えた。




