第14話『土曜日/ロキ ①-1』
金曜日の夜八時過ぎ。
アポロンさんは駅の中で意外とあっさりとお別れを言ってくれた。
わたしが刺々しい態度をとってたせいで傷つけたかと、少し気になったけど……。
「金曜日以外はヒヨリに話しかけられないから。大学で見かけても、迷惑かけないよ」
笑顔と気遣いを見せてくれて、ちょっと安心。
さらにありがたい情報もくれた。
「明日はロキが担当だけど、午前で終わり。休日組は有利すぎるっていうんで、揉めながら半日限定のルールが決まったんだ。……それじゃおやすみ」
人ごみの中に消えた彼のウッディな香水と背中が、なんだか寂しそうに感じて。
次に会う時はもう少し普通の態度でいようと反省してしまう。
そして土曜日まであと三時間。
わたしはマンションの廊下、自室の前で立ち尽くしている。
「…………なに………これは」
置き配と思われる大きな荷物がどっしりと。
開けてびっくり、中にロキさんとか?
ううん、発想がズレてきちゃってる。
宛先違いかと思って確認したけど、間違いなく「蒼野日和」と書いてあって。
差出人の文字だけ都合よく汚れで隠れている。
怪しいけど……。なんにせよ勝手に開けるのはマズいよね、と思ってそのままにして。食事やお風呂を済ませて、土曜0時ピッタリになっても誰も来ないのを確認。
(うん、もう寝ようっと)
そしてベッドに振り向いたら……寝袋に包まれたロキさんが床にいた。
──もう、この程度では驚いてやるもんか。
連日の体験で少し強くなった気がする。
それにしても起こすべきか、このまま寝かせるべきか。常識で考えたら起こすの一択だと思うんだけど、神々の場合はよけいに厄介な展開も考えられる。
(気持ちよさそうな寝顔だし、このままにしよう……せめてベッドから離しておくかな)
寝袋の素材のおかげか、力は使ったもののわりとスムーズにキッチン付近まで引っ張って移動させられた。
それでは、今日もお疲れ様でした。
◆◆◆◆
夢も見ずにぐっすりと眠ったと思うけど、しばらくするとカーテンから射す光で、なんとなく朝だということが分かった。それに。
なにか聞こえる……破くような、ほどくような。うう、もうちょっとだけ寝たい……。
なのに二度寝に入ろうとすれば、わたしの理性が「起きた方がいいわよ?」と告げてきたので、勢いをつけてガバッと目覚めると。
少し鼻にかかったような艶のある声に話しかけられた。
「おは~、ひよりん。サンドイッチ食べる?」
「………おはようございます。顔を洗ってから、いただきます」
最近のわたしは決断も早くなってる気がした。
洗面台に向かって、自分の顔をじっと見る。
場数を踏んで強くなったのか、やっぱり流されているのか。まだ自分でも分からない。
それにしてもロキさんは不思議な人だ。
鼻歌を歌いながらコンビニの袋を持ってきて、色んな食べ物を広げてくれるその姿は──耳にも唇にもたくさんピアスがあって一見近寄りがたいけど。
だるだるのロングTシャツを着ていて、独特のふわっとした空気が彼を取り巻いている。
ゆらゆら揺れる柔らかそうな薄茶の髪は、毛先がピンクでイタズラっぽい。
「はいはい~、召し上がれ☆ ぼく料理できないから、こんなのでごめんねえ~」
「いえ、ご馳走になってしまって。とても嬉しいです、ありがとうございます」
頭を下げると「まじめか~!」とニコニコされる。なんだろう、この近しい距離感。
マリちゃんに似てるわけじゃないけど、そういう類の親しみやすさがあるというか。
休みだからっていうのもあるかな、なんだかくつろいでしまってる。
気をゆるめていると、わたしの耳にスムーズな読み口の女性の声が届いた。
【それでは今日のお天気情報です】
ロキさんはグダッっとした姿勢で食べながら言う。
「わ~、今日も晴れだねえ」
「そうみたいですねえ」
…って、あれ?
わたしの家、テレビなんて置いてないような。
じゃあこの大きな画面は──。
あ~、昨夜の置き配か~。
朝の異音は開封とか設置してたってことですね、うん、納得した……。
「………いえ! 納得はしませんッ!」
「お~?」
結局動揺してしまった。
どうもわたしは初めての出来事に弱いみたい。
無断で旦那さんが家電を増やして、ぷりぷり怒っている主婦の愚痴をカフェで小耳に挟んだことはあるけど、ようやくその心を理解した。
「あのですね、せめて事前の許可はとってほしいんです。ここはワンルームですし」
「そうだよねえ~、かかるお金はぼくが払うけど。ひよりんイヤなら捨てとくよ~」
うう……、神様に質素倹約を語っても仕方ないのかもしれない。しかもこうまで言われて、どう切り返せばいいのか。
「……テレビお好きなんですか? スマホじゃいけませんか?」
「いっしょにアニメ観るなら大きい方が良くない? あと敬語やめよーよ」
シヴァさんみたいに生活感のある神様もいたけど、アニメを観るというイメージは一切なかったので驚く。
だけど目の前にいるロキさんは、ゆるっとした口調や態度があまりにも普通の大学生みたい。
……まあ、こんなに危うい美貌をして普通もないけどね。なんかこう、女性を沼に落としそうな魅力がある。
なんにせよ悪意ゼロという顔をしてるせいか、わたし一人がつまらないことでキイキイ言ってるような構図で肩の力が抜けてきちゃった。
「ロキさん、わたし……アニメ、ろくに観たことなくって」
「ロキでいいよお~、こっちも勝手にひよりん呼びしてるでしょ。勉強とかで忙しいなら、無理しないで? ぼく、イヤホンして観るし」
言いながら、食べた容器などをゴミ袋にまとめる様子はとても自然体だった。
そして思い出したように「ぼくの出身は北欧神話だよん」と言われた。
ロキ:北欧神話
175cm/外見年齢20歳
ゆるい薄茶髪で毛先がピンク、シナモンと紅茶のようなやや色違いの瞳




