第13話『金曜日/アポロン ①-2』
時刻はお昼の一時、マリちゃんとオシャレなランチをとっている。
白いハナミズキが咲いたテラス席は夜になればキャンドルに照らされて、もっとずっと素敵らしい。
お母さんが「エッセイの売上がふえたから、仕送り追加したよ。たまにはお友達と行ってきなさいな」と言ってくれたので、お言葉に甘えている。
「ひより~。どうしたどうした、なんで暗い? 料理いまいちだった?」
「あっ! ごめんね、違うの。ちょっと考えごとしてて……」
ついこの一週間のことを思い返して、ボーッとしていたみたい。
マリちゃんに丸ごと報告できるわけもないけど、相談したいことはあったので……少し気恥ずかしいけど言ってみる。
「ねえ、マリちゃんって……誰かと付き合ったこと、ある?」
「! ───うん、あるよ」
今まで恋バナをしたことないわたしのことを、マリちゃんは茶化さないって分かってた……だから大好き。
「人を好きになる時ってどういう理由? 何がきっかけだったの?」
「ん~……。理由もきっかけも、いくらでも言えるよ。っていうか作れるね。でも好きになった瞬間なんて……ホントの所は、結構分からないものじゃないかな」
静かに言う彼女の表情は、同い年とは思えないほど大人びてて。
その心に深く踏み込むには、まだわたしが色々足りないように思えてしまった。
その後は結局、講義の話とかファッションの話とか、いつもの楽しい話題で過ごせたのは良かったと思う。
恋の話をするには、やっぱりわたしが準備不足だし。
大学に戻ってもアポロンさんは幸い見当たらず、いそいそと派遣会社に向かってタブレットを受け取り帰宅──しようと思ったら乗り換えの駅で現れた。
ここで!? またエンカウントかあ!
遠目にもキラキラ光っていたので、つい何かなと視線を向けて目が合ってしまった。
【アポロンが こちらをみている】
手を振って来るものだから、わたしまで周囲に見られてしまう。
「ヒヨリ~、やっぱりここで良かった」
「どうして分かったんですか……?」
まあ神様だから何でも出来るのかもしれない、聞くだけ無駄かなと思いつつも、一応。
すると悪びれることも無く、聞き捨てならないセリフを言われる。
「同じ大学に通うと、色んな話が耳に入るんだよ」
「………………そうですか」
マリちゃんの可能性は低い、というよりゼロ。一体誰から聞いたのか。
勝手に大学内で探られたことがどうにも気に入らない。
──さすがに無神経だと思いませんかね?
無言でスタスタ立ち去ろうとすれば、
「まってまって」と呼び止められる。
「………なにか?」
「ん? もしかして機嫌悪い? あのさ、駅構内にピアノがあるみたいなんだ。ちょっと弾いてもいいかな?」
「もちろんどうぞ、ではさようなら」
いつもわたしは歩幅が狭く、ちまちまと歩いているけど。
関わりたくなくてズンズンと足が進んでいく。
「あれ!? 思ったより怒ってる!? ──ねえ、ヒヨリに聴いて欲しいんだ。俺、本当は弦楽器の方が得意なんだけど。喜んでもらえるかなって思って」
……え、わざわざわたしのために?
「要りません、結構です」と言いたい気もしたけど、振り向けば善意100パーセントの笑顔をしている彼。
それなのに無下に断るのもどうなのかな、と躊躇われたので、つい足を止める。
うーん、やっぱりわたしは煮え切らない所があるみたい。
◆◆◆◆
駅中の視線を浴びながら移動して、自由に弾いていい、いわゆるストリートピアノの前に立った。
「ヒヨリはどんな曲が好き? なんでも弾けるよ、ピアノだから大概は再現できるし」
「わたし……音楽はあまりなじみがなくて」
あの父親はわたしが音楽番組を観れば、
「そんな時間があるなら勉強しろ」とか。
人のスマホを勝手にチェックして「趣味が悪い」とか「レベルが低い」とか、バカにしてきたから。
気づいたら何を聴いても、感動しづらくなっていた。
「そうなんだ。じゃあ短くて簡単で、聴いたことあるやつがいいよね。モーツァルトって嫌い?」
「好きでも嫌いでもないです」
うわっ、ひどい回答だよとさすがに反省した。
それにも関わらずアポロンさんは嫌な顔ひとつしないでくれて、
「じゃあアレにするか~」と腕まくりをしながら座り、わたしは離れたところに立つ。
彼は音程を軽く確認した後、気負う素振りもなく、すぐに演奏を始めて……。
次の瞬間から広がっていったのは、色がついたように鮮やかで生きてるみたいに跳ねる──音の洪水。
(─────あ……体が動かない。耳だけにすべてが集中してる……!)
たぶんわたしだけじゃない。
この音が聴こえてる人、みんなの時が止まったみたいに。
今だけは誰もが彼の美貌じゃなくて、音楽に心を囚われてる。
この曲なんだっけ、音楽の教科書に載ってた気がする……そうだ、『トルコ行進曲』。
同じフレーズを何度も繰り返す明るい曲調。
一度聴けば誰もが覚えるシンプルな曲。分かりやすい曲、なのに──どうして。
「ヒヨリ、どうだった? 楽しめた?」
ハッと気づいた時には演奏が終わってて、駅中の人が拍手してた。
老若男女に関わらずみんなが一様に嬉しそうで、神様って反則だなと思ってしまう。
「すごかったです………多分。音楽の良し悪しって分からないけど。今日のことは忘れられそうにありません」
「本当!? やったね、さすが《芸術の神》だな~、俺。モーツァルトは相性イイみたいなんだよ。似てる気がするっていうかさ」
「ふふ、天才と似てるだなんて……あ、神様ですもんね。──でも、楽しいっていうか」
もしかしたら失礼かも、と気づくのが一拍遅れて「なんだか哀しい曲ですね」と言ってしまった。
「えっ」
「明るいはずなのに逃げ場が無いっていうか、焦ってるっていうか。必死な感じがしたから──。……って、ごめんなさい! 素人が変なこと言って」
「───ううん、変じゃない……。変じゃないよ。参ったな、結構鋭い子なんだね」
まるで虚をつかれたような、飾り気のない表情をされた。
そんな姿には不思議と親近感を覚えてしまう。
付き合いにくいかもと思い込むのは、ちょっと早かったのかもしれない、なんて思った。




