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『止まっていた時間』シリーズ

【5】『 奇跡 』 ー 止まっていた時間シリーズ・最終話 ー

作者:
掲載日:2026/01/15

今日は、遺品の整理ををするため、父の自宅に来ている。


昔暮らしていた部屋より、広いのかな。


父と暮らしていた女性と私の関係は、決して悪いものではない。

それでも、ここで一緒に過ごすのには、まだ時間が必要だと思っている。


父の大切な人を、苦しめたくはないから。


部屋を見渡すと、生活感を感じなかった。

お互い働いていたので、家にいる時間が少なかったのだろう。


父の部屋に入ると、それほど大きくはない本棚に、

たくさんの文庫本が収められていた。


段ボールを組み立てながら、父が本を読んでいる姿を思い出す。


喉の渇きを感じたので、キッチンに向かった。

家庭用のコーヒーマシンが置かれている。


コーヒーを淹れて一息つく。


目を閉じると、コーヒーの香りを、強く感じる。

まるで、父とあの喫茶店にいる時のように。


「才華、早かったな。」


そんな声が、今にも聞こえそうだった。


「ふぅ……。」


深く息を吸った後、吐き出した。


父の部屋に戻り、荷物の整理を始める。


とりあえず本を詰めようと、一つずつ手に取って、どうしようかと考えながら、

視線を動かしていると、机の下に段ボールが置かれていた。


段ボールを開くと、薄茶色のパジャマ、白い歯ブラシ、グレーのカーディガン。

入院していた時のものだろうか。


一旦荷物を出して中を確かめようとしていた時、

1冊の本が出てきた。


「これ、私が誕生日にあげたやつだ。」


少しページをめくってみると、写真が挟んである。


「これ……喫茶店で見せてくれた写真だ。……まだ、持ってたんだ。」


段ボールにもう一度視線を移すと、スマホと充電器も入っている。


充電器を差し込んで、電源を入れる。

スマホをスクロールしていくと、アルバムのアプリがあった。


アプリを開くと、フォルダ名がいくつか並んでいる。


その中に、『 才華 』という名前のフォルダを見つけた。

開いてみると、1枚目が高校の入学式の日の写真だった。


今でもその日のことを、まるで、昨日のことのように思い出す。——


「入学おめでとー。才華、今日はうまいもん、いーっぱい食べよう。」


「どうせ、しゃぶしゃぶでしょ。」


「まぁまぁ。」


「それで、今、何で公園にいんの?」


「写真撮ろう。今日は、天気もいいし、写真日和。

ちょっといいカメラ持ってきたから。」


「公園で?」


「公園で。こういう何にもない場所がいいんだよぉ。」


「そうなのぉ?」


「はいはい、まずは才華一人のやつ撮るから。そこ立って、そうそう、

いくよーっ……はいっ、ちーずっ」


パシャッ


「いいねぇ〜。じゃあ、次はパパと一緒のやつも撮ろう。

タイマーにするから準備してぇ。」


「え、あ、え?はい……。」


「よし、来るよーっ、はい、ちーずっ」


パシャッ


「どう?いいの撮れた?」


「バッチリ!」


——画面の中の私と父は、始まりの時のような、そんな笑顔だった。


スマホにデータ、写してたんだ。


「やるじゃん、パパ。」


そして2枚目は、高校1年の時の花火の写真。


目を瞑ると、あの海辺の、潮の香りを感じる。


遅刻記念日……。


そして3枚目は、結婚式の日。

この写真は、私と夫、そして父の3人の写真。


あの日は、最高だったよね。


「残してくれてたんだね。」


アプリの画面を閉じようとした時、アルバムのタイトルの下に、

メモ欄がついているのに気がついた。


クリックしてみると、


そこには、残っていた。


私は、そのたった二文字を目にしたとき、

一気に上半身が熱くなる。


『 奇跡 』


「パパ……。」

父はいないのに、いないとわかっているのに、声が漏れてしまった。


画面から目が離せないまま、

呼吸のテンポが、少しずつ速くなる。


そして、息ができなくなった時、溢れ出した。


ゆっくりと流れていた涙が、

思い出と一緒に、次々と溢れてくる。


スマホを持つ手に、少しだけ力が入ってしまう。


静かな部屋で、止めることのできない嗚咽、苦しい。


それでも、スマホの中のパパを、見ていたい。


ありがとう、パパ。


大丈夫だよ……。


こんなにも、愛してくれたこと。


あなたの愛を、残してくれたこと。


私も、あなたを愛しています。


これから先も、ずっと。


——そして、私も感じる。


あなたの娘でいられた。


奇跡を。——




——(了)




〜 エピローグ 〜


私の夫と、父の初対面の日。——


「初めまして、こんばんは。」

少し父が、緊張した笑顔で言う。


「こんばんは。」

夫も、緊張しながら応える。


「この人が、大地さん。」


「おぉ、そうか。……そうか。」


父が、私たちをじっと見つめる。


先に口を開いたのは、夫の方だった。


「才華さんと、結婚したいと思っています。

結婚したら、何も我慢しないで過ごせるように、したいです。」


「そうか……。そうかぁ……ありがとう。」


そう言った後、父は彼の前に手を差し出す。

彼も、握手するように手を差し出すと、父がその手を強く握る。


まるで、何かに赦しを求めてるみたいに。


「本当に、本当に、ありがとね。」


父はそう繰り返して、目を赤くして、優しく笑っていた。


「もういいから、しゃぶしゃぶ食べよ。お腹空いたよ。」

私が、口にした瞬間、またにっこり父が笑った。


「大地くんは、飲めるか?」


「はい、少しなら。」


「よしっ、後で、写真撮ろう。」


「お決まりだね。」


——あの日のことを思い出しながら、もう一度スマホを手に取った。


あの時の写真、ないのかな。

アルバムをもう一度開いて、スクロールすると、


最後のページは、4人幸せそうに、笑っていた。


「撮っといて、良かった。」




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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