9.透けるような体
二人が部屋から居なくなり、布団の中で横になる。
布団のわずかな重みと、身体の痛みだけが、自分がまだ“ここにいる”ことを知らせていた。
「……なんで、こんなに疲れるんだろ」
声に出してみても、返ってくるのは静寂だけ。
セイの怒った顔も、ヒヨリの心配そうな瞳も、胸のどこかが温かくなるはずなのに…なぜか、距離のある夢みたいに思えてしまう。
まるで、自分のことじゃない誰かの話を聞いているみたいだ。
(……ああ、まただ)
心の奥が、少しだけ空っぽになる感覚。傷ついたはずの自分を、どこか俯瞰して眺めてしまう癖。
痛いはずなのに、どこか他人事のように感じる、あの変な感覚がじわじわ広がっていく。
「みんな……困らなきゃいいのに」
そう思うたび、自分が薄く透明になっていくようだった。
怒りも、悔しさも、泣きたい気持ちも──全部、誰かの後ろ姿みたいに遠くへ流れていく。
ぽつりと言葉が落ちる。
「……私のせいで、誰かが傷つくのは……もういやだよ」
声は震えず、涙も出ない。ただ淡々と、まるで読み上げるように呟いただけ。
布団をぎゅっと握りしめても、掌に力が入っているのかさえ曖昧だった。
「……大丈夫。大丈夫……だよ」
その言葉は癖のように口をついて出る。
自分に言い聞かせているのか、それとも外にいる誰かに向けているのか…ヒカル自身にも分からなかった。
夜は深まり、部屋は静かだった。
ヒカルの心だけが、どこにも置き場所を見つけられずに揺れていた。
ヒカルは昨夜のまま、深く眠っていた。
控えめに肩へ触れると、ヒカルはゆっくり瞼を開いた。
「ヒカル。……起きろ。来たぞ」
ヒカルは一瞬だけ迷うように瞬きをして、すぐに淡々と頷いた。
その反応が妙に機械的で、胸がざらつく。
嫌だとか少し待ってとか……行ってもいいんだぞ。
ヒヨリが手伝いながら階下へ降りると、既にギルド長と副ギルド長が席についていた。二人とも、昨夜よりさらに深刻な表情だ。
「来てくれてありがとう。無理をさせていないか?」ギルド長が心配そうに声をかける。
ヒカルは、相変わらず作られたように柔らかい笑みで返す。
「大丈夫です。問題ありません」
(……本当は“大丈夫じゃないです”って言える奴になれよ……)
セイは胸の奥で小さく苦くなる。
するとその隣で、ヒヨリが椅子からぐいっと身を乗り出した。
「どこが大丈夫なのさ!ぜんっぜん大丈夫じゃないよ!」
ヒカルはわずかに目を見開いたが、すぐまた微笑みに戻る。
その笑顔は、痛みを押しつぶして作ったような顔にも見える。
セイは小さく息を吐きながら、ヒヨリの肩に手を添えた。
「……ヒヨリの言う通りだ。大丈夫って言えば、誰も心配しないって……お前はまたそうやって、全部自分で抱え込もうとする」
ヒカルは視線を落とし、何か考え込むように沈黙する。
その曖昧な反応に、セイは胸の奥が締め付けられる。
(……本当に、自分のことになると途端にわからなくなるんだよな。怒っていいときも、悲しんでいいときも……全部曖昧にしちまう)
ギルド長と副ギルド長もそのやり取りを黙って見守っていた。




