8.複雑な想い
ギルドを出たあと、セイは困り果てていた。
頭の中では、ヒカルに何と言えばいいのか、そればかりがぐるぐると巡っている。
(……どう伝えれば、あいつは傷つかずに済む? いや……そう思ってる時点で、もう傷つける前提みたいじゃねぇか)
伝えるべきことはいくつもあるのに、言葉がひどく重かった。
家の前に着いた時には、言葉の形はまだ定まっていなかった。
(……守るって決めたのは俺だ。ちゃんと向き合わねぇと)
必死に呼吸を整えて扉を開けると、家の中はいつもより静かだった。
セイは「ただいま」と控えめに声をかけ、家に上がる。ヒカルはもう休んでいるのだろう。
ヒヨリが小走りで来て、いつもより小さな声で言う。
「おかえり!ヒカルちゃんは部屋で寝てるよ。まだ痛むみたいで……」
「そっか。ありがとな、ヒヨリ」
返事をしつつも心は落ち着かない。
ヒカルの部屋の前で一度深呼吸をし、拳をそっと握った。
(……逃げんなよ、俺)
軽くノックし、きしむ音を立てながら扉を開けた。
薄い灯りの中、ヒカルは布団の上で上体を起こしていた。
おかえりなさい、そう声をかけてくれるヒカルは作り笑いをしてるように見えた。
(…また無理に笑ってる。)
「……話がある。……大事な話だ」
セイが言うと、ヒカルは一瞬驚いたようにまばたきをして、かすかな笑みを浮かべた。
「……ギルド、行ってきたんでしょ」
胸を突き刺すような静かな声だった。
「言わなくていいって言ったじゃん。そのほうがみんな、困らないから」
自分の心なんてどうでもいい、と言っているようだった。自分を守るより、周りの不和を避けることを優先する…ヒカルの悪い癖だ。
「……困らねぇよ。ってか困らせていいんだよ。お前が傷ついてまで気を使う必要なんかねぇだろ」
ヒカルは、少し目を伏せて微笑んだ。痛みに耐えるような笑み。
「……でも、迷惑でしょ?」
セイは布団の側へ歩み寄り、ヒカルの肩の近くにしゃがむ。
「迷惑なんかじゃねぇよ。……俺は、巻き込まれたなんて思ったこと一度もない」
「……でも」
「でも、じゃねぇ!」
思った以上に声が大きく響き、セイは自分で驚く。
ヒカルもびくりと肩を揺らすが、それでも…ただ目を伏せる。
その時、控えめに扉が開きヒヨリが心配そうに顔を覗かせる。
「…何かあったの?入ってもいい?」
ヒカルが「大丈夫だよおいで」と少しだけ笑って見せる。
ヒヨリが部屋に入ってきたことで、セイは少し肩の力を抜いた。
二人に向き直り、言葉をゆっくり選ぶ。
「……あのな。今日、ギルドで話があったのは……噂のせいだけじゃねぇ」
ヒヨリが小さく息をのむ。ヒカルは相変わらず、微笑んだまま沈黙している。
「ギルド長と副ギルド長が、裏庭の魔力残滓を調べたんだ。火属性、光属性が二つ、氷属性……誰のものかまでは分からないらしい」
ヒヨリがそっとヒカルを見た。ヒカルはまばたきも少なく、ただ静かに姿勢を正した。
それで? 落ち着きすぎた声、諦めが滲んでいる。
セイは拳を握りしめた。
「だからこそだ。ちゃんと話を聞かせてほしいってギルド長が言ってた。……明日の夜、時間は空いてるかって。嫌じゃなきゃ、家まで来るってさ」
ヒヨリが驚いたように目を丸くする。
「家に……? ギルド長が? どうしてそこまでするの?」
セイはヒカルに目を向けながら答えた。
「……あの人、本気で心配してた。ヒカルの怪我は大丈夫かって、真っ先に聞いてきた。噂よりも……ヒカル自身のことを気にしてる感じだった」
ヒカルは一瞬だけ視線を揺らし、すぐに微笑む。
「……そっか。だったら、なおさら迷惑かけちゃうね」
その言葉にセイの胸がぐっと詰まる。
「違ぇよ。かけてもいい迷惑なんだよ。あの人は、そう思ってる」
ヒヨリもヒカルの手を握りながら言った。
「ヒカルちゃん。迷惑じゃないよ……ね?一緒に話そう? 」
ヒカルは二人の顔を順に見て、かすかに息を吐き目を伏せる。
「……二人がそう言うなら……明日、話をしよう」
どこか覚悟がにじむ声だった。
セイはその表情に胸の奥がじくりと痛む。
(ほんとは、嫌な癖に……なんで全部、抱え込むんだよ……)
それでも、今は気付かないふりをする。セイはゆっくりと頷き、二人に向けて静かに言った。
「……明日は俺も横にいる。無理はするなよ」
ヒカルはまた微笑んむ。
その笑みが温度のない、どこか諦めたものだと分かってしまい、セイは胸の奥をぎゅっと掴まれたように苦しくなるのだった。




