38.静寂の街
深夜。
皆が寝静まった頃、私はふと目を覚ました。
夢を見ていたわけじゃない。
物音がしたわけでもない。
胸の奥が、ひっかかるようにざわついた。
(……この感じ)
身体を起こし、息を潜める。
意識を外へ向けると、微かにほんの一瞬だけ、魔力の揺らぎを感じた。
「……やっぱり」
誰かが街の中で動いている。
それは自然なものじゃない。
私は音を立てないように立ち上がり、窓へ向かった。
鍵を外し、そっと開ける。
夜の冷たい空気が流れ込んできた。
そのまま落ちるには、さすがに高さがある。
私は片手を伸ばし、静かに魔力を流した。
淡い冷気が壁沿いに伸び、簡易的な氷のスロープが途中まで形を成す。
そこから先は、ふわりと身を躍らせる。
氷は役目を終えたように、すぐに消える。
そのまま気配を沈め、街の影へ溶け込むように走った。
大通りを通り過ぎ、そこから外れた人通りのほとんどない静かな区画。
(……やっぱり)
以前、嫌な気配を感じたのも、この辺りだった。
街灯の届かない路地の奥…そこで私は見つけた。
四体、いや五体。
小型の魔物のような人形。
人の形を模してはいるが、関節は不自然で、身体のあちこちに黒い糸のようなものが絡みついている。
(……操られてる)
人形たちは、まるで何かを探すように首を左右に揺らし、家々の方を覗き込んでいる。
息を殺し距離を測る。
直接動けば、見つかる。
私は物陰に身を隠し、静かに魔力を集める。
氷の弓矢を作り上げる。
狙うのは一体だけでいい。
空気を切る音すらほとんどなく、氷の矢は一直線に飛ぶ。
静かな音とともに、一本の人形の胸を貫いた。
次の瞬間、人形は力を失って地面に崩れ落ちる。
それを合図にしたかのように、残りの人形たちが一斉に動いた。
首がこちらを向き、糸が不自然に揺れる。
(……気づいた)
私はすぐに位置を変える。
建物の影から影へ、音を殺して移動する。
糸の先、操っている本体を探す。
だが……糸の揺らぎが、ふっと途切れた。
同時に、人形たちの動きが止まり、次の瞬間、霧のように崩れて消える。
(……切られた)
舌打ちしそうになるのを、ぐっと堪える。
こちらに察知されたと悟った瞬間、即座に撤退した。
操っていた本体はとても慎重だ。
…これ以上追っても、意味はない。
私は一度、深く息を吐き、踵を返した。
そして、家の前に立って、気づく。
鍵……当然だけど、持ってきていない。
玄関は固く閉ざされ、2階の自室を除き、窓も全て内側から施錠されている。
魔法で二階まで階段を作ることはできる。
(でも…今はもったいないよね)
今夜の偵察だけでも、少し使いすぎた。
私は家の外壁に背中を預け、そのまま腰を下ろす。
ひんやりとした石の感触が、妙に落ち着いた。
空を見上げると、星が静かに輝いている。
(朝までここでいっか…)
誰にも気づかれない位置。
もし何かあっても、すぐ動ける。
そうして私は、夜明けまでの短い眠りに身を委ねた。




