34.束の間の平穏
ヒカルは、逃げていくベリルたちの声が完全に森へ消えたのを確認してから、ようやく張りつめていた息をゆっくり吐いた。
ヒヨリの肩に触れた指先が、かすかに震えている。
「……ヒヨリ、大丈夫?」
ヒヨリは何も言わずに、ヒカルの手をに握る。
「ひ、ヒカルちゃん……っ、こわかった……」
その声に胸が締め付けられるように痛む。
ヒカルはそっとヒヨリの手を包み込んだ。
セイがゆっくり二人へ近づいてくる。
レオンもヒヨリの反対側で支えるように立ち、まだ警戒を解かずに周囲へ目を走らせていた。
セイが短く息をつく。
「とりあえず、怒られる前に杖戻せ」
ヒカルは小さく頷き、地面へ突き立てたままの杖へと歩み寄る。
ふわり、と…触れるよりも早く、杖は空気に溶けるように淡く散った。
ヒヨリはヒカルの腕を掴んだまま、少し安心したように胸へ息を落とす。
「……今日はもう帰ろう。ヒヨリも、もう限界だろ」
セイは疲れを滲ませつつも柔らかい声で言い、レオンも強く頷いた。
ヒカルは二人の顔を見て、安心させるように微笑もうとした。
けれど。
……ぐらり。
視界が、一瞬で揺れた。
「っ……?」
足がふらりと前へ傾く。
魔法をずっと使っていた反動が、一気に押し寄せてきた。
「ヒカルちゃん!」
ヒヨリが叫ぶよりも早く、ヒカルの膝が地面へ崩れ落ちる。
セイとレオンが同時に駆け寄った。
「おい!ヒカル、しっかりしろ!」
ヒカルは返事をしようとしたが、口の中に言葉がうまく乗らなかった。
限界、そう理解した瞬間、意識がふっと途切れた。
……身体が、重い。
けれど、遠くからかすかに聞こえる誰かの声が、私を現実へ引き戻していた。
「……カルちゃん……ヒカルちゃん……」
その声に、ようやく私はゆっくり目を開く。
天井。
自分の部屋。
そして、ベッドの横の椅子に座って、こちらを覗き込むヒヨリ。
泣きそうな笑顔だった。
「よかったぁ……!」
「……私……どれくらい寝てたの……?」
ヒヨリは胸に手を当てて、少し震えながら答えた。
「一週間……かな?」
やっぱり魔力、使いすぎたんだ。
思わずため息が洩れる。
けれど、ヒヨリの表情が曇ったのを見て、私は眉をひそめた。
「……ヒヨリ?どうしたの」
ヒヨリは唇を噛んで、俯いた。
「ヒカルちゃんが寝てる間に……変な噂が、すごく広まって……魔王が現れたとか…その魔王は金髪の女の子だとか……私が……魔王だって……」
胸がきゅっと掴まれるような痛みが走った。
あの黒紫の男、あの呼び方、あの跪き方…
全部、ヒヨリへ向かって。
私のせいだ。
私が動けなかったせいで、ヒヨリがそんな目に。
「昨日、ギルドから呼ばれて……念のためって言われて、騎士団の人たちに囲まれて……セイもギルド長さんも間に入ってくれたけど……」
私は上体を起こし、ヒヨリの肩に手を置く。
「……ごめん。私のせいだよね」
「ち、違うよ!ヒカルちゃんのせいじゃない!私が…悪い人たちに捕まっちゃったからで……」
ベリル………胸の奥に沈んでいた殺意やヒヨリに対しての罪悪感がじわりと広がる。
でも、今は。
まずは……ヒヨリが無事でよかった。
ヒヨリは、私の手を包むようにぎゅっと握ってきた。
「帰ってきてくれて……ほんとに、よかった……ヒカルちゃん」
私は小さく笑って、目を細めた。




