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灰色の魔女は、静かな日常を夢見ている  作者: 漆原


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33/41

33.闇の住人

杖を突き立てた瞬間、地面に白い紋が淡く広がる。


生きて蠢くように円陣が森の奥へ奥へと染み込み、冷気が静かに根を伸ばしていった。


次の呼吸で…周囲に潜んでいた魔物たちの動きが同時に止まり、霜に覆われていく。


ギィ……ギチ……と骨の鳴るような音を立てながら、魔物は一体、また一体と凍りの像になった。


レオンが後ろで目を見張る。


「……すげぇ……今の、全部……」


セイも一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに気を取り直す。


「はぁ……レオン、正面に集中しろ」


「お、おう!」


周囲の空気が凍る音すら笑い声で踏みにじるように、ベリルは指を差した。


「はっ……あははははっ!なんだよそれ。真っ黒じゃん!そんな杖なんて持ちやがって……やっぱお前、そっち側の人間なんじゃねえの?」


赤髪の男も続いてニヤニヤと笑う。


「灰色って魔力少ねぇんだろ? そんなに使って大丈夫かよ。かわいそ〜〜〜」


わざと、ヒヨリの前で言う。

ヒヨリが悔しそうに唇を噛んだ。


けれど私はベリルを見もしない。


ただ静かに、片手を軽く上げるだけ。


薄い氷膜が空中で揺れ、その中心に一本の細い線が光を帯びて生まれた。

やがてその線は形を成し、手の中へ収束する。


握った瞬間、藍色の刃が鮮やかに浮かび上がる。


「へぇ……そんな芸も出来るんだな。面白ぇじゃん」


ベリルの目がわずかに細くなる。


赤髪の男が火の球を片手に生み出し、仲間の淡い緑髪の男も印を組む。


セイが前に出る。

レオンも槍を構え直した。


三対三。


森の開けた場所に、張り詰めた気配が重なり合った。


その時、風がふっと止まった。


何か黒い影のような気配が、どこからともなく滲み出す。


ベリルがちらりと周囲を警戒する。


「……あ? なんだこの……」


言い終わる前に。


木々の影から、黒紫の髪を持つ、五十代後半ほどの男が音もなく歩み出てきた。


落ち着いた足取り。

しかしただの一般人には絶対に見えない揺らぎをまとっている。


その男は、こちらを見ているわけでも、ベリルたちを見ているわけでもなかった。


ただ、ヒヨリを見た。


そして次の瞬間、ありえないほど深い敬意と崇拝を込めて、跪くように頭を下げた。


「魔王様…!光の民に化けていたのですね!よくぞご無事で……!」


赤髪の男が、肩越しにその声を聞いて硬直する。


「はっ……?なんだよおっさん!? 」


ヒヨリの腕を掴んでいた手が、反射的に離れた。


赤髪の男は後ずさり、足をもつれさせそうになりながら距離を取る。

完全に不意をつかれた形だ。


「……は?誰だ?お前……」


ベリルは、ぽかんと口を開け完全に飲み込めていないようだ。


ヒカルもまた、すぐには動けなかった。


その中セイが最も早く動いた。


「お前、何者だッ!」

怒気を含んだ声で男へ向かって走り、そのまま拘束しようと手を伸ばす。


レオンもセイの意図を理解し、ヒヨリに駆け寄る。

「ヒヨリ! こっち来い!」


赤髪の男が離したその隙を逃さず、レオンがヒヨリの腕を掴み、引き寄せる。


ヒヨリは怯えていたけれど、レオンに掴まれた途端に顔色が僅かに戻る。


男はセイの動きで状況を理解したらしく、わずかに後退しながら静かに言った。


「……今日は引きましょう。また……必ずお迎えにあがります、魔王様」


空気が歪んだかと思うと、男の姿は霧のようにほどけて消えた。


沈黙が落ちる。


その沈黙を破ったのは、完全に勘違いしたまま騒ぎ出すベリルだった。


「は……はは、魔王だってよ!お前ら終わりじゃん!!なに?魔王サマともお友達なのか?すげぇじゃん、すぐ皆に知らせてやるよ!」


赤髪の男、緑髪の男たちも混乱しながら逃げるように後を追う。


「ちょ、ベリル待てよ!何だったんだ今の……!」


「知らねぇよ!でもこれはネタになる!!」


笑いながら、森の奥へ走り去っていった。


その背中を追う暇はなかった。


ヒカルは震えるヒヨリの肩へそっと触れ、息をついた。

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