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灰色の魔女は、静かな日常を夢見ている  作者: 漆原


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32.焦りの先

「ベリル」


私が名前を呼んだ瞬間、ベリルは口の端を上げ、まるで散歩の延長で珍しいものを見つけたような軽い仕草で私を見る。


「まさかこんな森の奥で会うとはなぁ。返してって…そこの金髪チャンの事か?」


わざとらしくヒヨリの腕を掴む赤髪の男を顎で示す。



「……返せって言ってる」


杖の先端に、白い靄がふわりと渦を巻く。


赤髪の男が舌打ちした。


「ちっ……ベリル、さっさと離れようぜ。こいつやべぇ気配してんだろ」


「やべぇのはいつものことだろ? 灰色の魔女サンはさ」


セイがわずかに身構え、すぐ後ろのレオンへ小声で告げる。


「レオン、周囲……魔物が集まってくるぞ。気を張れ」


「ま…任せろ」


そう言いながらも、槍を持つ手に力が入らないのがわかる。

木々が密集しているせいで、振り回せば枝に当たって軌道が狂う。

それがレオンにも見えている。


けれどヒカルの耳には、二人の声はほとんど届いていない。


胸の奥から、ずっと押し込めていた熱が、冷気と混ざり合って噴き出していた。


ヒヨリの細い腕を掴む指。

怯えた表情。

それを楽しむように眺める嫌な奴ら。


全てが許せなかった。


ベリルがひらひらと片手を上げる。


「おーおー、そんな目すんなよ。別にこの子を傷つけようってわけじゃ——」


「嘘つけ」


ヒカルの声が割り込む。

静かに。

けれど鋭く、刺すように。


赤髪の男の眉が跳ね上がる。


セイが気づいた。

ヒカルの足元からじわりと広がる、地面を凍らせる気配に。


「ヒカル、落ち着け……!」


けれどその声さえ、もうヒカルの耳にはまともに届かない。


ベリルは一瞬だけ驚いた顔をした後、ゆっくりと笑い出し金色の瞳が面白がるように細められる。


「そんな事して、自分がどうなるかわかってんのか?灰色の魔女サンよ」


笑い声が森の影に響き、周囲で潜んでいた魔物たちがざわりと揺れた。


「人間を攻撃したってだけで、お前の立場なんざ一瞬で地に落ちんだぞ?」


ベリルの声は愉快そうで、まるで挑発そのもの……まるで私の焦りを楽しんでいるみたいだった。


セイに再び 落ち着け と言われたような気もするが、返せる状態じゃなかった。


赤髪の男の手が、まだヒヨリの腕を強く掴んでいる。


ヒヨリの細い指が震えているのが見えた。


この状況で落ち着けと?


凍らせる。

凍らせて、ヒヨリを助ける。


それしか考えられなかった。


その瞬間——


「ヒカル、後ろッ!」


セイとレオンが同時に動いた。

魔物が雪崩のように二人へ襲いかかる。


私は視線を一切ベリルたちから逸らさないまま、横に手を伸ばし、冷気を散らす。

氷の矢が複数、魔物の角度へ飛び——一瞬で凍らせて黙らせた。


「魔物を見ずに撃つのかよ、お前……」

レオンの呆れ感と尊敬と恐怖の混じった声が背中越しに聞こえる。


しかしその余裕を見逃すほど、ベリルは甘くなかった。


「ほらなぁ、隙だらけだよ、お前」


一気に詰め寄ってくる。


私は氷の壁を重ねるように立てて距離を作る。


同時に氷の矢を散弾のように展開し、ベリルへ向けて解き放つ。


「おっと」


ベリルが光の膜を腕に纏わせ、そのまま矢を弾き飛ばす。


刹那。


「っらあ!」


赤い髪の男が火の奔流をこちらへ向けて放つ。

同時にベリルが氷壁を蹴りつけ割って突進してくる。


セイが火炎を即座に防ぎ、レオンはベリルの斬撃を槍で受け流す。


火と光と氷が一瞬でぶつかり、爆ぜた。


その隙を見た私は、赤い髪の男の方へ距離を詰めようとした——


「来るなッ!」


赤髪の男はヒヨリの肩を抱えこむように引き寄せ、完全に盾にした。


ヒヨリが震えた声を漏らす。


「やっ……!」


私は足を止めざるを得なかった。


「ヒカル後ろッ!!」


ベリルたちの他の仲間、淡い緑色の髪の男が印を組み、足元が揺れた。


——ボゴッ!


地面を突き破るように、若木が鋭く伸び上がってくる。

まるで槍の群れみたいに。


私はほんの一歩だけ遅れて、横へ飛んだ。


木槍が頬をかすめ、勢いでフードがぱさりと落ちる。


ベリルが目を丸くしたあと、愉快そうに笑った。


「んだよ……綺麗に当たったと思ったのによ」


土煙の中で私はゆっくり立ち上がる。


乱れた髪を耳にかけ、深く息を吸い込む。


周囲の温度が一気に下がった。


もう誤魔化すつもりも、抑え続けるつもりもなかった。


冷気が私の足元から広がり、全方向へ薄く、静かに満ちていく。


ただし人間にはほとんど感じられない程度の冷たさ。

けれど魔物にとっては、逃げることすら許されない檻になる冷気。


私は杖を地面へ突き立てた。


カン、と乾いた音が響く。


「……!」


森全体が凍気に震えた。

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