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灰色の魔女は、静かな日常を夢見ている  作者: 漆原


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3.闇の魔物

影から滲み出た魔物は、四つ足の獣の形をとりながらも、輪郭が絶えず揺らぎ、黒い霧がまとわりついていた。

ただ見るだけで、身体の奥がざわつく。


その異様な圧に押されたのか、ヒヨリが反射的に後ずさる。

淡い金髪が震え、指先がわずかに胸元を掴んでいた。


「ヒヨリ、大丈夫。後ろにいて」

ヒカルは振り返らずに言ったが、その声には一点の迷いもない。


セイは一歩前に出て、ヒヨリの肩へそっと手を添えた。


「ヒヨリ。深呼吸してろ。……こいつは俺とヒカルで落とす」


その間に、魔物が影を裂くように低く唸り、地を蹴った。


来る……!指先に冷気を集中させる。


「リオリェーラ」

鋭い氷の矢が次々と射出され、魔物の肩や脚に突き刺さったが魔物の足は止まらない。

(速くて狙いが……)


魔力と体力が他より圧倒的に少ないヒカルの呼吸が荒くなる。

ほんの一瞬、足がふらついた。

(しまった……連発し過ぎた…)


その隙を補うように、セイが地面を蹴る。


「はぁッ!!」


刃が空気を裂き、魔物の前脚を斜めに断ち切った。

黒い霧が激しく飛び散り、魔物が苦しげに唸る。

だが、黒い煙が吸い寄せられるように元へと集まり何事もなかったように再生する。


「ッ……再生した!?」


「…!セイ!心臓部分を狙ってみて!あの類の魔物は核がそこにあるはず……援護する!」


ヒカルは左手で胸元のネックレスを握り、小瓶を引き抜く。

透明な瓶に揺らぐ青い液体。


パリン。


瓶を手の中で割り砕くと、青い光の粒子が皮膚へ吸い込まれ、魔力が一瞬だけ身体を満たした。


ヒカルは息を整え、魔物の足元へ手をかざす。


「ミェルトーカ」


白い冷気が辺りを覆う、瞬時に地面に氷紋が広がり魔物の足元を凍りつかせた。


影がもがき、砕こうと蠢く中――

セイが疾風のように走り刃が魔物の胸を貫いた。


瞬間、核が砕ける重い手応えが走り――

黒い影は音もなく霧散し、地面へ消えていった。



静寂が訪れ、冷たい風だけが残る。


その場に残った緊張の余韻の中で、ヒヨリが小さく息を呑んだ。

胸元を押さえ、目には涙が滲んでいる。


震える指先――ただ必死でこらえていたのが分かる。


「ヒヨリ」

ヒカルはそっと歩み寄り、少し屈んで目線を合わせる。


「ごめん。怖い思いさせちゃったね」


ヒヨリは首を横に振り何かを言おうとするが、唇が震えて言葉にならない。


ヒカルは柔らかく微笑み優しく抱き寄せる。


「大丈夫だよ。ヒヨリの事は絶対守るから」


ヒヨリの目から、ぽたりと涙が落ちた。

ヒヨリの肩は小さく震え続けていたが、ヒカルの服を握り返す力は確かだった。


セイは二人の様子をそっと見守り、周囲の警戒だけは緩めないようにしていた。


「この魔物……普通の個体じゃない。影が濃かったし…闇の力を感じた。ギルドに報告した方がいいかも」


セイがうなずき、険しい顔になる。


「そうだな。街の中にまで現れたとなれば、放置できない。ギルドも警戒態勢を取るはずだが…闇か、厄介だな」


神妙な顔をするセイとヒカルの袖をヒヨリがそっとつまむ。


「……一緒に、行こ?」


もちろん とヒカルは微笑み返し、三人はゆっくりと歩き出した。


ラークの静かな区画を抜け、再び人々の喧騒が聞こえる大通りへ向かう道。


その足取りはまだ少し重いけれど――

ヒカルの横で、ヒヨリはもう泣いていなかった。

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