18.祭りのざわめき
朝から、街全体がいつもよりざわついていた。
まだ太陽が高く昇りきる前なのに、通りには屋台を組み立てる木槌の音や、人の笑い声が混ざりあって響いている。
「ねぇヒカルちゃん!早く行こっ!」
フードの位置を直していたあたしの手を、ヒヨリがぐいっと引っ張った。
セイは後ろから腕を組んで「はしゃぎすぎて転ぶなよー」と半分呆れた声を出してついてくる。
街の中心へ向かうにつれて、人の多さと匂いが増していく。
広場には新鮮な果物や野菜、焼いた肉、香草など色とりどりの屋台が並んでいる。
人の声と笑い声が、普段よりずっと濃く街に満ちていた。
「ヒカルちゃん! これ見て! こっちも! あっ、これもすっごく甘いって!こっちは色んなベリーのお菓子だって!」
そう言いながら、ヒヨリは人混みの中にふわっと吸い込まれるみたいに飛び出していく。
「あ、ちょっとヒヨリ!」
人の流れが一瞬押し寄せ、その拍子にヒヨリの小さな手が、あたしの手からすっと離れた。
胸がざわつき、あたしは急いで人の間をすり抜けた。
ほどなくして、少し開けた路地端でヒヨリを見つけた。
安堵が胸に落ちかけた……けど、その隣の男の顔を見た途端、背中が強張る。
あの時の金髪の冒険者だ。
雑な笑みを浮かべて、身を屈めて何かを話していた。
あたしの足が自然と早まる。
胸の奥が、ひやりと冷えていく。
「…ヒヨリ!」
声をかけると、ヒヨリがぱっと振り返り、駆け寄ってきた。
ヒヨリがあたしの後ろに隠れるように立つのを見て、胸の奥で何かがきゅっと縮む。
男はニヤリと口の端をゆがめ、面倒くさそうにあたしへ視線を向けた。
「おっと、迎えが来たみたいだな。灰色チャン…この前振りじゃん。元気にしてた?」
その声色だけで喉の奥がざらつく。
あの日の裏庭の空気が一瞬で蘇ってくる。
「何してんの」
あたしの声は自然と低くなった。
ヒヨリが後ろでぎゅっと裾を掴む。
男はわざとらしく肩をすくめてみせる。
「別になんもしてねえよ?ただ俺らのパーティーに誘ってただけだ。それとも……自分が弱いから守ってほしいのか?」
胸の奥に冷たい怒りが広がる。
でも怒鳴ったら負けな気がして、唇を噛んで耐える。
「ヒヨリ、行こ」
そう言ってヒヨリの手を取った瞬間、男の腕が横から伸び、行く手を塞ぐ。
「なぁ、待てよ灰色チャンーー」
「……何やってんだ、お前」
背後から落ちてきたのは、いつもよりずっと低いセイの声だった。
男は一瞬たじろいだが、すぐに不機嫌そうに眉をひそめる。
「んだよ、セイか。過保護すぎんだろ」
「勝手にヒヨリとヒカルに絡んでんのはお前だろ」
抑えた声なのに、鋭さがはっきり伝わる。
男は舌打ちし、面白くなさそうに眉をひそめた。
「チッ……つまんねぇ。せっかく声をかけてやってんのに。」
セイは冷えた声で言い放つ。
「これ以上うちの子に関わるな。二度目は容赦しねぇ」
男は一瞬だけ睨んだが、舌打ちして踵を返す。
ヒヨリは堪えていたものを耐えきれずに、あたしの手を握って震えた。
「ヒカルちゃん……こわかった……」
「……大丈夫。もう来ないよ」
そう言いながら、内心ではあたしの方こそ心臓がまだ早いままだった。
セイはため息をつき、あたしの頭をぽんとこづいた。
「ヒカル。探しに行くにしても、一人で突っ走るな。お前まではぐれたら意味ねぇだろ」
叱られているのに、不思議と責められてる感じじゃなくて。
喉の奥で小さく ごめん としか返せなかった。
ヒヨリがやっと笑顔を作ってくれて、その顔に緊張がようやくほどけていく。




