13.内緒話
部屋に灯りはつけられていなかったが、夜の街灯魔法の光が薄く差し込み、その光に照らされて、窓辺に座る細い影が浮かび上がる。
灰色の、腰まで伸びる髪が夜風にふわりと持ち上がり、その横顔は暗がりに溶けるようで、どこか遠い。
ただ、外の光をぼんやりと眺めている。
完全に気配に気づいていない。
…ずっと張り詰めていたであろう神経の糸が、今ここでふっと緩んでしまったように見えた。
セイはゆっくりと近づき、そっとヒカルの肩に手を置いた。
「……ヒカル」
「――わっ!」
小さく跳ねるように驚き、ヒカルが振り返る。
その灰色の瞳が大きく見開かれ、すぐに柔らかい驚きの表情へと緩む。
「セ…セイ……?びっくりした……気づかなかった……」
(……気づかないほど疲れてるんだろ。あんな顔して……一人で背負って)
セイはその言葉を心の奥で飲み込んだまま、
そっとヒカルの肩に置いた手に力を込めた。
「悪い。ノックしたけど返事なかったから……心配で来たんだ」
ヒカルはふるふると首を振り、小さく笑った気配を見せた。
「……ううん、大丈夫……ほんとに、ちょっとぼーっとしてただけ」
そう言いながら、視線はまだどこか遠かった。
ヒカルの肩に触れた手をそっと離し、俺は窓際に立つ彼女の横に座る。
ヒカルは、さっきの驚きで胸を押さえながら、ちらりと俺を見てそのまま、また視線を落とした。
逃げるように伏せた目ーー隠したいんだ。
自分が傷ついたことも、あの時感じたことも、誰にも見せたくない。
そして、俺たちをこれ以上巻き込みたくない。
…ああ、本当にこいつは。
どこまで自分を後ろに押しやれば気がすむんだ。
俺は息を吸い、なるべく穏やかな声を作る。
「ヒカル」
その名を呼ぶと、どうしたの?と優しく微笑む。
「……誰にも言わないからさ」
言葉を選ぶ俺の声に、ヒカルの眉がわずかに寄った。
「何があったのか……正直に話してくれないか?」
それは命令じゃない。
けれど、逃げ道を甘やかすような優しさでもない。
「話さない方が楽なら、無理に聞かないよ。けど……今日みたいに、お前だけが抱え込んで黙ってるのは……もう見たくないんだ。」
ヒカルは驚いたように瞬きをする。
静かに問いかけると、ヒカルは一瞬だけ呼吸を止めたように見えた。
だが次の瞬間、ふふっと肩をすくめる。
そして立ち上がり軽く伸びをする。
「沢山怒らせちゃったし……しょうがないなぁってさ、言いたいところなんだけど…説明って苦手なんだよね。」
と言うとヒカルの左手の指先に二つの微かな光が灯る。
パチパチと小さな火花が弾け、その隣にぽわっと低出力の光弾ーー
「本当にどっちも大した魔法じゃないだよ?こんなのも、防御魔法無しじゃ耐えられないんだって〜。本っ当に情けないよね」
と言いながら花火と光弾をくるくると回して遊ぶヒカルに一歩だけ近づく。
「ヒカル…耐えられないお前が悪いみたいに言うのは……もうやめてくれ」
セイは続ける。
「怒ってるよ。
でも……お前に怒ってるんじゃないよ」
ヒカルの指先で遊んでいた火花と光弾がふっと揺れ、次の瞬間には魔法はすべて霧みたいに消えた。
ヒカルは顔を上げないまま、小さく笑う。
「ねぇ、そんな顔しないでよ。あたしは……もう大丈夫だよ? ちゃんと立ってるし、こうやって、魔法も……ほら、使えるし」
ヒカルの肩がわずかに震えた。
泣いてはいない。
だけど、怒りと心配を向けられるのが本当に苦手なんだと分かる震え。
「それに……」
少しだけ、灰色の睫毛が持ち上がる。
その瞳が、まるで弱い光に怯えるみたいに揺れた。




