11.すくんだ足
「……ヒカル」
呼ぶ声は低く、押し殺した怒りが滲んでいた。
ヒカルの肩がわずかに揺れる。
「なんで……なんでお前が謝ってんだよ」
ヒカルは目を伏せる。
その無表情の横顔が、セイの胸をいっそう締めつけた。
「転んだ? たまたま? ……そんなわけねぇだろ」
語尾が少しだけ掠れた。
怒鳴りたいのを、必死に飲み込んだ声だ。
「お前……傷ついた理由すら、全部自分のせいにして誤魔化す気か?それで……誰も困らないから、ってまた一人で抱え込む気かよ」
ヒカルは反論しようと口を開きかけるが、声が出ない…ただ微笑むだけ。
その諦めた笑みが、セイの怒りをさらに痛みに変えていく。
セイは深く息を吸い、一歩だけヒカルのそばへ寄る。
「……もうやめろよ、その言い方。お前が悪くねぇなら、悪くねぇって言えよ。俺じゃなくてもいい……誰かに一回くらい、本当のこと言えよ……」
静かな部屋に、セイの押し殺した声だけが響く。
その空気を断ち切るように、セイはヒヨリへ視線を向けた。
「……ヒヨリ。お前……見たんだろ? 昨日、裏庭に来たときのこと。言える範囲でいい。話してくれないか」
急に名前を呼ばれ、ヒヨリはびくっと肩を揺らす。
けれど、ヒカルの沈んだ表情を見ると、ぐっと唇を噛んだ。
ヒヨリの声がかすれ、震えながら続く。
「悪口だって、すぐにわかった。でも……助けなきゃって思ったのに、足が動かなくて……声も出なくて……ただ、立ち止まってたの。すぐに行かなきゃいけなかったのに……」
まぶたが震え、涙が今にも落ちそうに揺れたその瞬間。
「……ヒヨリ、もういいよ」
押し殺したような小さな声だった。
表情は変わらないのに、声だけがひどく優しく、そしてどこか怯えるように震えていた。
「そんな風に、自分を責めなくて……いい」
それは止めたいというより、これ以上ヒヨリが傷つく姿を見たくない、という叫びにも似ていた。
ヒヨリはびくりと肩を揺らした。
けれど、その瞬間ーー
「……ヒカル。黙ってろ。ヒヨリが喋ろうとしてるんだ、止めんな。」
ヒカルがわずかに目を見開く。
無言のままセイを見上げる。
ヒカルは口を閉ざした。
瞳だけが揺れたままだった。
ヒヨリは二人の様子を見て、ゆっくりと瞬きをした。
涙がまた溢れそうになっていたが、唇を噛んで前を向く。
そして――
「でも、続けるね。」
小さな決意が宿る。
「そのあと……その…灰色って聞こえて……
バチッて、音がして……ヒカルちゃんの肩が……ほんの少しだけ煙を上げてて……」
声は震えていたが、もう止まらなかった。
「ヒカルちゃん……痛そうだったのに……何も言わないから……なのに、あの人……笑ってて……それで……どうしても、どうしても、止まらなくて……!」
ヒヨリの視界は涙で滲んでいた。
「私……遅れて……やっと……『ヒカルちゃん!』って……」
その言葉を絞り出すヒヨリの横で、
ヒカルは目を伏せ、静かに息を飲んでいた。
セイはそんなヒカルの横顔を見て、胸の奥がさらに苦くなる。
(……なんでこいつは。こんなときまで……全部一人で飲み込もうとするんだよ……)
セイの内心は怒りとも哀しみともつかない熱でじりじりと焦げついていた。




