10.明かさない真相
ヒカルが口を開くことはない、だがその沈黙は責めるものではなく、重く、慎重でーー
それゆえに部屋の空気を張りつめさせた。
やがて、ギルド長は姿勢を正し、静かに口を開く。
「本題に入ろうか。昨夜の件について、状況を整理したい。もちろん、責任の追及ではなく、誤解を広げないための確認だ」
ヒカルは微動だにせず、ただ静かに聞いている。
副ギルド長が、机の上に数枚の紙と、水晶をそっと置く。
「裏庭の魔力残滓の記録を持ってきたわ。 ただし……属性以外は特定できなかった。使用者の魔力波形は記録されていない」
水晶の内部が淡く光り、昨夜の残滓の輪郭がゆらゆらと揺れる。
「火属性が一つ。光属性が二つ。そして……氷属性が一つ」
副ギルド長はヒカルを見た。だがヒカルはほとんど反応を見せない。
「ただし……どれが誰の魔法かは特定できないわ。
残滓は属性までしか分からない。個人の魔力波形までは拾えないの」
「私たちの推測では火属性と光属性の魔法は、昨日ヒカル君を襲った者たちと、ヒヨリ君の回復魔法。そして氷属性は……ヒカルさんの可能性が高い。でも、証明はできない」
ヒカルは淡々と返事を返す。
ギルド長は続ける。
「……ヒカル君。いたずらに責任を背負わせたいわけじゃないんだ。ただ、街の混乱を防ぐためにも、状況を正確に把握する必要がある。だから……今日この場で、改めて話を聞かせてほしい」
副ギルド長がそっと続けた。
「もちろん、責めるためじゃないわ。…ただ、昨日何があったか正確に知る必要があるの。誰が悪い、という話じゃなくてね」
ヒカルは少しだけ視線を揺らし、そしてまた落ち着いた声で答える。
「……わかりました」
セイはその横顔を見ながら、心の奥で小さく呟く。
(……ほんと、自分のために言うってことができないよな)
ヒカルは膝の上で両手を重ね、小さく息を吸ってから語り始めた。
「……裏庭には、最初は私と冒険者の三人だけでした。その人たちが本物の魔法を見せてあげるよって言ってくれて……」
言葉を選ぶように、慎重に続ける。
「使われた魔法は、本当に弱いもので……本人が言うには赤子にも無害な、子供騙しのような魔法でした。私が……ちょっと足を滑らせて転んでしまって、運悪く当たっちゃっただけなんです。魔法の耐性がないのに魔法を見るのに夢中で…だからあれは、あの人達のせいではありません」
セイの眉がピクリと動く。
(転んだ…? 怪我があの程度で済むわけねぇだろ)と思いが浮かぶが、今は飲み込んだ。
ヒカルは少しだけ息を吸い、続ける。
「そのあとヒヨリが来て、冒険者さん達ちょっと誤解されやすい言い方で…ヒヨリが怯えちゃって…」
「でも冒険者さん側も、本気でヒヨリが怯えてるなんて気付いてなくて、間に割って入って…そこで少し揉めてしまって…」
「……ヒカル君。ひとつだけ、確認していいか?」
その声音に核心に触れようとしている気配が滲む。
ギルド長は目を細めて、真正面からヒカルを見つめた。
「冒険者たちの言動は、本当に誤解されやすいだけで済むものだったのか?君が謝る必要のある話なのか?」
セイの呼吸がひとつ止まった。
(……やめろ。今それ聞いたら、あいつ……絶対また自分を責める)
ギルド長の優しさゆえの直球が、ヒカルにとって最も苦しい箇所であることを、セイは知っている。
案の定、ヒカルは曖昧な笑みを浮かべた。
「いえ……その……本当に、悪いのは私なんです……」
セイの中で何かがギリッ、と音を立てる。
(……ふざけんな。なんで……なんで全部自分のせいにしてんだよ……)
怒りが喉までせり上がり、口を開きかけた瞬間──
ヒカルのかすかな震えに気づき、セイは歯を食いしばった。
(……今、怒鳴ったら……あいつはまた自分のせいだって思っちまう)
拳を握る手に力が入り、静かに震えが走る。
その様子を、副ギルド長が横目でそっと見ていた。
ギルド長は続きを言おうと、わずかに身を乗り出す。
「ヒカル君……本当に転んだだけでそんな怪我を──」
その先の言葉こそ核心だった。
セイの胸の中が、今にも爆発しそうに熱くなる。
(それ以上は……ヒカルに言わせる必要ねぇだろ!)
しかし、セイはまだ口を開かない。
ギリギリで踏みとどまり、歯を噛みしめている。
ヒカルは、絞り出すように言った。
「……本当に、大丈夫です。私のせいで……すみません」
その瞬間、セイの怒りは限界まで膨らんでいた。
(……なんで 謝ってんだよ)




