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手帳に書いたら世界が静かに変わったので、冬だけの願いを配達します  作者: 妙原奇天


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第6話 狐の過去

 受け取り損ねカフェのテーブルは、湯気の高さで時刻を教えてくれる。夕方になると湯気は細くなり、夜に入るとまた濃くなる。紙コップの底に指を当てると、温度の傾きがわかる。冬の街は、温度で地図が描ける季節だ。


 その夜、祠の横のベンチの下に見慣れない影があった。古い木箱。角が丸くなり、真鍮の金具には青い錆が浮いている。狐が鼻先で箱を押し、灯子の足元で止めた。紐の結び目に、細い鍵が挟まっている。狐は鍵をくわえ、そっと灯子の膝に落とした。鈴は鳴らさない。鳴らすより確かな合図が、そこにはもう置かれているから。


 蓋は、思ったより軽く開いた。中は一面、和紙の帯で埋まっている。巻物ほど長くはないが、手に取ると少し重い。帯には細い罫が引かれ、墨の薄い文字が行を整えていた。紙目は硬く、端にわずかな銀色の粒が縫うように埋め込まれている。銀の粉は光の角度で音が立つ。帯を広げるたびに、砂時計を横に倒したような、乾いた音が微かに鳴った。


 最初の帯の見出しは、季節の中に埋め込まれていた。「豆を配る夜」。次の帯には「火を消す夜」、その次には「名前を伏せる夜」。記録はほとんどが単語で、説明は短い。日付の代わりに、月の形が押されている。半月、三日月、欠け方の違いが、その夜の空気の湿りを伝えてくるようだった。


 灯子は指を帯に滑らせた。爪の縁に銀の粉がわずかにつく。音はごく微かに、紙の下の何かを呼び覚ます。祠の木の匂い、湯気の匂い、風鈴の金属の冷たさ。狐は箱の向こう側で身を丸め、前足を揃えた。目は閉じているが、耳はぴくりと動く。名を呼ばれた獣の姿勢だった。


 帯の行間に、気配の濃い行があった。「祠は記録する」。単純な言い切りが、単純ではない重さで繰り返される。「祠は記録する。配る手の震え、受け取り損ねた沈黙、紙コップの底の温度。火の消え方。名を伏せる声の震度。祠は記録する」。灯子は読むたびに、紙の温度が少しずつ上がるのを感じた。狐がほんの少し喉を鳴らした。猫の喉鳴りに似ているが、少し違う。音は鈴と同じで、空気の層を均していく。


 狐はただの動物ではない、と灯子は思った。帯はそれを裏づけるように、別の頁でこう記している。「名残の神」。小さな見出しの横に、細い狐の図。尻尾は一本、鈴が描かれ、その周囲に銀粉の粒が密に打ってある。説明は短い。「名残の神は、名前を失った祭りの記録を運ぶ。声の余白、灯りの隙間、紙の角。名残を集め、冬の八夜に返す」。名残は思い出に似ている。思い出の角が削れると、名残の神は痩せるのだろうか。狐の身体の細さが、急に軽みではなく、負担の形のように見えた。


 帯を一巻き戻し、別の束に手を伸ばす。そこに、灯子の目を射る文字があった。「物語を声で封じ、冬の八夜に返す家」。墨の色が少し濃い。注釈に小さな印が押されている。見覚えのある形。家の棚の奥で見た古い箱の蓋にも、同じ印があった。父の本の奥付に、そっと押されていた印。印の説明はない。ただ、見覚えだけがこちらを掴んでくる。灯子は印に指を当て、その丸い輪郭をおさえる。胸の奥が、炉の底のようにじわりと温かくなる。父の朗読は、家の役割だったのか。声を私物化するためではなく、私物化しないために、匿名の声に身を置いたのか。喉の奥で言葉が硬くなり、涙は引っ込んだ。余計な湿りに、紙を濡らしたくなかった。


 狐が鈴を鳴らす。促す音だった。灯子は帯をめくる。別の頁に、小さく書かれている。「名残の神は、思い出を燃料に灯をつなぐ。燃料は輪番で供給される」。輪番。順番。配る順も、削られる順も、ひとりに偏らないように設けられた仕組み。思い出の角が削れるのは、都市の灯を温める燃料だった。納得は、同時に寒さでもある。納得した瞬間に、別の問いが立つ。「誰の思い出が、どれだけ削られるのか」。帯は答えない。帯は記録であって、裁定ではない。


 灯子は、自分の中にある描写の偏りを、ゆっくり並べ直してみた。返礼箱から出てくる紙。そこに書かれた「怖かった」の字体のいくつかは、子どもや若い人の筆圧で、角が弱い。世話役に回るのは、たいてい、時間の少ない人たちだ。夜勤明け、学びの途中、家事の手の合間。輪番が機能するには、補助の仕組みが要る。灯子は帯の余白に、細い字で書き足した。負荷の分配。銀粉の粒が、書いた文字の周囲でほどけた。和紙の上を舞った粒は、祠の屋根の上に滲み、路地の暗がりに仄かな図を描いた。配線図のようなもの。灯の分配図。近くの壁に影が移り、線の上で小さな点が点滅する。狐が目を細め、その線を舐めるように見上げた。


 蒼真が倉庫から呼び出し音で来る。取り出したスマホに映る分配図を見て、顔が明るくなった。「トレースできる。人感センサーの小電源、置けるところがわかる。誰かが近づいたときだけ、ほんの少し灯るやつ。無人の時間は、そのまま闇でいい。闇は悪じゃない。夜は、光の独占物じゃないから」。彼は工具の入ったバックパックを背負い直し、地図の印に紐をかけるようにして、設置場所を確認していった。人力に頼りすぎない儀式。テクノロジーで補助する。灯りは手で作るが、手を助ける回路が必要だ。儀式に電気が混じることを嫌う声は、たぶん、ある。けれど、電気もまた、ひとの手の延長だと灯子は思った。骨と配線は、並べて描ける。


 帯を読み進めると、狐の由来に触れる断章が現れた。「狐は祭りの名を食べて生き延びる」。短い文の後に、解きほぐすような説明が続く。「祝祭の名が広告語にすり替えられ、人々の口から本当の名前が消えたとき、狐は飢える。名が失われると、灯は“イベント”になる。名があるとき、灯は“夜”になる。狐は、紙片、噂話、歌の端から、おこぼれの名を食べる」。名を食べる。名を栄養にする。飲み込まれた名は、狐の鈴の音になり、また夜に返される。狐が痩せるのは名が足りないからだ。名を取り戻すことが、狐の体温になる。


 灯子は帯を抱え、祠の前に立つ。夜風で和紙の端がわずかに踊る。名前。祝祭の名前。宗教の固有名ではなく、都市ごとの呼び名。ここで良く使う話し言葉の延長にある音の束。灯子は帯の端に、いくつかの候補を細く書く。「静夜」「余白の夜」「灯し名」。書いた音はすぐに消えない。銀粉がまた舞い、祠の上空にうっすら文字の尾が現れる。尾は軽い雲のようにほどけ、狐はそれを舐めるように見上げた。久しぶりに、鈴の音がはっきり鳴る。音に芯が戻った。体の中のどこか、深いところに小さく灯るような鈴の音。


 受け取り損ねカフェの端で湯気が上がり、人の出入りは静かに続いた。返礼箱には、未受取の理由とともに、小さな「言い換え」の提案が入るようになった。「ありがとうが言えない」と書いた人が、「今日は『また今度』で受け取りたい」と書き足す。「置き方が怖い」と書いた人が、「『触っていいよ』の目印がほしい」と書く。帯が記録してきた過去の儀式が、現在の言葉と連動する。祠の記録は、展示ではない。編集できるアーカイブ。灯子は帯の余白に、返礼箱の言い換えを写し、おなじ紙をもう一度祠に返した。紙は、使われては戻る。戻っては使われる。手と手の間で撓むうちに、強くなる。


 夜の深いところで、Silent Eve は配信を休んでいた。アーカイブの画面を見ながら、灯子は父の声を「家の役割」として受け止め直す練習をした。私怨の輪郭を確かめ、いったん机の引き出しにしまう。しまうと、圧は軽くなる。軽くなると、世界の聞こえ方が変わる。父の不在は、父の失敗ではないかもしれない。失敗だったとしても、役割の破棄ではなかったかもしれない。狐は、そういう種類の肯定を急がない。鈴を鳴らさないで側にいて、必要なときだけ短い音を置く。


 翌日、蒼真が分配図をもとに設置を始めた小電源は、思ったより街に馴染んだ。人が近づくと、紙袋の奥でほのかに灯る。灯りは自己主張せず、通り過ぎる人の足元だけを柔らかく洗う。人のいない時間は、闇がその場所の支配権を取り戻す。点きっぱなしでなく、消えっぱなしでもない。振り返ったときに「どちらでもあった」と言える灯り。誰にも疲れを押し付けない灯り。祠に集まる人の表情も変わった。やっていることは同じでも、やり方が増えると、責める音が減る。「それはしないでおく」「今日は受け取らない」「今は灯さない」という選択の言い方が揃い始めた。


 帯には、昔の「火を消す夜」の記述が細かく残っていた。順番、手つき、声の高さ、火に息を向ける角度。消すことは、終わらせるのではない。次に灯すための余白を整えること。手を離れる灯りが次に触れる手を探しやすいように、消し口を綺麗にすること。灯子はそこにしるしを付け、最終夜の準備の欄に、短いメモを書き足した。消し口の整備。外へ渡す仕掛け。Sの手紙の文面が頭の隅で光る。最後に消す灯を、外の世界へ渡すための螺子穴。帯の端に、小さな螺旋の印を書き、そこに銀粉を集める。粉はその形を学習し、紙の奥へ沈む。


 昼すぎ、受け取り損ねカフェの片隅で、小さな出来事があった。年配の女性が、返礼箱に二枚紙を入れた。一枚は「受け取れなかった」理由。もう一枚は、「受け取れたときの体の場所」。受け取れたのは、手ではなく目だった、と彼女は書いた。遠くから灯りを見たとき、胸はざわついたが、目は楽になった。あの灯りは、私の手の灯りではなかったけれど、私の目の灯りだった。狐が低く喉を鳴らし、鈴が短く揺れた。受け取る器官が手だけではないことを、帯はすでにどこかで知っていたのかもしれない。ページの隅に、「受容器の多様」と細く書き、余白を残す。余白は、後日の言葉のためのベッドになる。


 夕方、空の色が濃くなる時間帯に、帯の束の奥から別の筆跡が現れた。少し古い、縦に細い字。「名を戻す夜」。そこには短い手順があった。街ごとの呼び名を決めること。決める方法は、多数決ではない。候補を置き、拾う。拾われた呼び名が、その年の名になる。呼び名は、翌年にまた呼び直す。固定しない。固定しない名は、狐の栄養になるらしい。名が硬くなると、鈴の音は高くなりすぎ、冬の空気を割ってしまう。柔らかい名は、空気を混ぜる。混ざった空気は、息をしやすい。


 灯子は、候補の紙を数種類用意した。祠の脇に置き、通り過ぎる人が気兼ねなく拾えるよう、紙の端に薄い切り込みを入れる。子どもが一枚、若い人が一枚、年配の人が一枚ずつ、「静夜」「余白の夜」「灯し名」を持っていく。祠の前のベンチには、拾われなかった紙が残る。残ることが悪いのではない。残った紙は、狐が食べる。狐は紙の端を舐め、鈴を鳴らす。音ははっきりしていて、遠くの屋根に当たって返る。音が返るのは、名が街に通った証拠だ。


 夜、蒼真が分配図の設置を終え、倉庫に戻ってきた。工具の油と冬の乾いた風が混ざった匂いがする。机の上には、使い尽くされた延長コードの皮の切れ端が丸めて置かれていた。「配線、だいたい通った。人感はわざと鈍くしてある。急いでる人の足音には反応しない。立ち止まった人の体温にだけ灯る。足を速めたい夜もある。灯りに、足止めの暴力をさせたくない」。説明しながら、彼は狐の頭を軽く撫でた。狐は目を閉じ、鈴を鳴らさずに息を吐いた。信頼の仕草は、音よりも軽い。


 帯の最後の方に、薄いインクの滲みがあった。「七夜目、声の所在へ」。文字は細く、しかし迷いがない。所在、と書かれているのに、住所は書かれていない。所在は場所とは限らない。灯子は、その意味を頭の中で何通りか試す。父の居場所か。役割の引き渡しの場所か。声そのものの保管庫のようなものが、街のどこかにあるのか。祠の奥の空間は浅い。けれど、浅い奥の向こうに別の面があることを、帯は何度もほのめかしてきた。狐は祠で眠るが、祠の奥には眠らない。奥は、街に散っている。散っているから、呼ぶと集まる。


 灯子は木箱を閉じ、鍵をかける。鍵は狐がくわえて持ち去った。鍵の所在は、狐の喉の奥。鈴の音に混じって、鍵の金属音は微かに鳴る。名残の神は、記録媒体でもある。媒体は、勝手にしゃべらない。必要な頁だけが、必要な夜に開く。箱を祠の柱の陰に戻し、ベンチの上の毛布を畳み直す。返礼箱の紙を空にし、湯気の残りをポットに足す。ひととおりの動作を終えると、空気は目に見えないのに、目に見えるように整った。


 帰り道、団地の階段を上る足がいつもより軽い。重さが減ったのではなく、重さの位置が変わった。負荷が分配されると、筋肉は別の使い方を覚える。部屋に入ると、母は遅番で不在だった。台所のテーブルに、メモが一枚。「冷蔵庫。スープ」。字は急いでいる。急いでいても、余白は残っている。灯子はスープを温め、湯気で顔を洗うみたいにして呼吸を整えた。机に戻り、群青の手帳と帯の上に、両手を置く。紙の温度は、人の体温より少し冷たい。その少しが、夜に効く。


 寝る前に、Silent Eve のアーカイブを一つだけ再生した。画面は暗く、声は短かった。「記録は忘却の敵ではない。記録は忘却の使い道を増やす」。灯子は頷く。帯は、忘却を責めない。忘却は燃料だ、と帯は書いた。燃料に序列をつけないために、輪番がある。輪番は制度であり、祈りでもある。祈りを制度にするには、小さな配線が要る。人の手と電気の手のあいだに、狐の鈴がぶら下がる。鈴は揺れ、音はどちらにも偏らない。


 布団に入り、目を閉じる。父の顔の輪郭は、また少し遠い。けれど、遠いことが悪いのではないと、今夜は思える。近い音と遠い音は、どちらも音だ。近い音は体を動かし、遠い音は体を休める。灯子は自分の喉の内側に、まだ名前のない声の種を感じる。最終夜には、祝祭の名前を奪還する儀式をやる。宗教の固有名ではなく、都市の呼び名。拾い、食べ、返す。狐が満たされ、鈴の音に芯が宿るように。名前はひとつに固定しない。毎年呼び直すための紙を、帯の箱に用意しておく。呼び直す作業は、記憶の削れをゆっくり別の場所へ分散させる。分散は、救いの容量を増やす。


 眠りの縁で、祠の上の空にうっすら文字の尾が浮かぶのを思い出す。静夜。余白の夜。灯し名。どれも悪くない。どれでもよくない。どれか、の夜。この街の呼び名。灯子は小さく笑い、目を閉じ直す。狐が枕元に来て、鈴を一度だけ鳴らしたような気がした。気がしただけかもしれない。気がしただけでも、今夜は十分だ。


 翌日、祠の前に、拾われた紙の束が戻ってきた。端に指の跡があり、いくつかの紙には小さなシミがついている。雪解けの水か、湯気の滴か、泣いた涙か、笑った涙か。分からないものは、帯が飲み込む。飲み込んで、次の夜に返す。狐はそれを見届け、鈴を一度だけ鳴らす。音は朝の薄い空で低く響き、屋根から屋根へ渡って消えた。灯子は帯を箱にしまい、鍵の音を待たずに、祠の鈴の下で頭を下げた。ありがとう、というより、了解した、という姿勢だった。


 街は、最終夜に向けて、少しずつ名を食べ直す。広告の語尾から余分な誇張を削ぎ、ランキングの見出しから数字を退かせ、台所の湯気から「今だけ」を少し多めにすくう。名は硬くもできるし、柔らかくもできる。柔らかい方が、今の冬には合う。柔らかい方が、狐の腹に収まりがいい。帯は、街の方言のように黙って揺れ、銀粉は新しい配線図を作り続ける。人感の灯は、誰もいない路地で消え、誰かが立ち止まると灯る。その灯りの下で、呼び名の紙を拾う指は、去年の指とは違うけれど、同じ街の指だ。


 夜の端で、群青の手帳に薄くインクが滲んだ。「七夜目、声の所在へ」。文字は、今夜は少しだけ近い。所在は、場所ではない。所在は、持ち方だ。灯子は深く息を吸い、吐いた。胸の奥の種に、薄い水をやる。狐は目を細め、鈴を鳴らさずに明滅した。名残の神は、記録媒体。媒体は、最後まで、自己主張しない。自己主張の代わりに、余白を置く。余白は、受け取り損ねられる権利と同じ形をしている。余白の夜に、名前を呼ぶ。呼ぶ声は、誰かの真似でなくていい。家の役割は、家の声でやる。家の声は、家の外で聞こえる。そういう輪番を、帯はあらかじめ用意していた。


 祠の鈴の下、灯子は狐と並んで立った。風は冷たい。冷たいけれど、骨が痛むほどではない。痛む前に、灯りが灯る。灯る前に、名が呼ばれる。名が呼ばれたあとに、鈴が鳴る。順番は、誰が決めたのでもない。冬が決めた。冬に合わせて、人が手を動かす。手が動くたび、帯は音を返す。銀の粉が、指の腹に少しつく。ついた粉は、今夜の記憶の印だ。印は、洗えば落ちる。落ちても、落ちた先の排水溝で、狐が拾う。拾われた名は、鈴になって、また夜に返る。


 最終夜まで、まだ少しある。少しある時間は、準備に向いている。負荷の分配は回り始め、配線図は街路に馴染んできた。受け取り損ねカフェは、湯気の高さで常連が時間を知り、返礼箱は空にも重にもなる。灯子は手帳に、「最終夜:呼び名の奪還」と小さく書いた。書いた文字は、誰にも見せない。見せないことが、今夜の仕事だ。呼び名は、見せる前に、内側で呼ぶ必要がある。内側で呼ぶ声は、家の役割の声に似る。似ていても、同じではない。似ているのに同じでない二つの声は、重なったときに、冬の空気を割らない音になる。そこまで、あと二夜。狐は短く息を吐き、鈴を鳴らした。音は細く、しかし芯があった。芯のある細さは、冬の灯りの条件だ。灯子はうなずき、祠の前の毛布をもう一度畳み直した。畳み目は、昨夜よりも綺麗だ。綺麗に畳まれた毛布の上に、最終夜の言葉が、やわらかく座れるように。

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