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第5話

「あとは若いお二人でね~。しばらくしたら様子を見に来るわね」なんて言って三枝さんのお母さんは奥へ引っ込んでいってしまった。


飲み物とお茶請けが置かれたテーブルに、その若いお二人が相対する。お互い目線は目の前の飲み物に落とす。なかなか相手の目を見て喋れないんだよな、僕。直そうとはするんだけど相手の顔を見るというのに気恥ずかしさを感じてしまう。ちらっと三枝さんを見ると彼女も同じようでじっとコップの水面を一点に見つめている。


「……」


「……」


これはただ二人が黙っているわけではない事をご理解いただきたい。これは人見知りが放つ独特な時間。僕たち二人は今、言葉の刀の鞘に手をかけ、いつそれを抜かんとするか……。これは達人の間合いなのだ。下手な居合を放とうものならたちまち心に巨大な刀傷ができる事だろう。先手を打つべきか、まずは相手のアクションを待つべきか……。いや、ここは男として僕から行くべきだろう。まずは他愛のない話を、えーっと。


「「あのっ…!」」


刀は同時に抜かれてしまった。


「あ、ごめん」


「いい、いえいえ……。こちらこそ、すいません……」


人見知りの若い男女が一つ屋根の下。何か起こることもなく……。まずい、このままでは何も収穫もないまま初日が終わる。それでもいいかもしれない。初日だし。でもその事を先生に話したらどんな反応をされるだろう。「まぁ最初はそんなもんか……」なんて言ってくるのだろうか。あれ、なんか許してくれそう。じゃあこれでいいのか…?


「きょ……」


「……?」


こんな情けない僕を見てか三枝さんが口を開いた。いや、開いてくれた。ありがとう。


「きょ……今日は、その……太陽がきれいでしたね……」


「え?あ、そ、そうですね……?」


え?太陽を観測したの?


「あ、えっと、その。今日は天気が良かったなぁ~……なんて」


「あぁ!そういうこと……。そうでしたね」


おぉ。独特の言い回しはちゃんと遺伝しているようですねお母さん。


同年代なのにぎこちない敬語で言葉を交わす。おかしいな。学校のみんなをみてるともっとフランクというか、フレンドリーに最初から話していた気がするんだけど。やっぱり僕もそんな感じに接するべきだろうか。よし、最初の目標は『もっとフランクに話す』だ。さっそくこのタスクを実行しよう。


「そ、そうだね。今日は天気が良くて気持ち良かった……ね」


「は、はい!きれいな……空でした」


よしよし、弱弱しい会話のボールはちゃんと相手に届いている。ひょろひょろとした球速だがキャッチボールとして成り立っている。ちらっと三枝さんを見る。まだ緊張しているみたいだがとりあえず会話をしてくれようとしているみたいだ。


「あ、そうだ……。これ、渡しておくね」


「あ、はい。ありがとうございます」


とりあえず、ミッションは忘れずに。渡すように頼まれていた配布物や記入が必要な提出物を三枝さんに渡す。


「これとこれは、今週中だから気を付けてね」


「は、はい。わかりました……」


軽く注意事項を話しておく。こういうなんてことない業務連絡だったら割とすんなり伝えられるのにな。いざ雑談となると途端に難易度は上がる。


「……」


「……」


リビングを静寂が包む。つ、次は僕から行こう。


「えっと、三枝さんは、今日は何をしてたの?」


「!?す、すいません!皆が学校に行ってるのに!」


「あ、いやいやそういうんじゃなくて。げ、元気にしてたかなって思って」


言葉が足りなすぎるだろ直哉くん。なんか詰問しているようになってしまった。別に学校だりぃ~なんて思うタイプの人間じゃないから休んでいることに羨ましさを感じているわけではない。あくまでちょっとした雑談のつもりで。あぁあれだ。英語でいうところの「how are you?」的なやつのつもりだったんだよね。


「あ、そういうことでしたか。すいません。えっと、はい、普通?です」


「そっか、普通が一番だよね」


「はい……」


いかんせん手応えを感じない。もっと踏み込むべきだろうか。いや、踏み込んでいいのだろうか。今の三枝さんは普通に会話しているとはいえ学校に行けないほどの悩みを抱えている状態なのだ。下手に会話したら傷つけてしまうかもしれない。学校についての話題は最初の内は避けるべきだろう。そう、アイスブレイクというやつだ。


「えっと、趣味とか何か、あるの……?」


ひねり出した会話の種がこれ。え?これってお見合いだったっけ?


「しゅ、趣味……ですか?」


「あ、うん。あ!いや、言いたくなかったらいいんだ。変な事聞いてごめん」


「あ、いい、いえいえ。そんなことは……」


そういうと三枝さんは黙り込んでしまった。まずい変な事を聞いてしまったかもしれない。そもそも女子とあんまり話したことのない僕はどんな話題を振れば世の女子高生が喜ぶのか、てんでわからない。でも聞いた以上はやっぱなしはそれはそれでおかしいかもしれない。そうだ。まずはこちらからオープンにすべきか。名前を聞くときはまずは自分から。何か聞くときはまずは自分から。


「えっと、僕は自慢できるような趣味はないんだけど、普通にゲームしたり、本を読んだり、動画を見たり……かな」


「あっ、そうなんですね……」


あ、あんまり興味なかった?


「ご、ごめん。そんなの興味ないよね……。」


「い、いえいえ。わ、私も読書は好きです」


「そ、そっか」


見ての通り、人見知り二人の組み合わせは話題が広がらない。僕だってやってるんですよ必死に!


「……」


「……」


「あの……。ごめんなさい」


突然謝ってきた三枝さん。顔はこちらに上げないままでペコリと頭を下げてくる。


「え?どうして謝るの?」


「姫野先生に言われて無理矢理ここに来させられたんですよね。ご、ごめんなさい。わ、私なんかの事情に巻き込んでしまって。いや……ですよね。こんな根暗で、見た目も変な人間なんて……。」


ただでさえ小動物みたいにびくびくしてる三枝さんがさらに小さくなったように見える。見た目については獣人病の事を言っているのだろう。その象徴である狼のような立派な耳もぺたんと折れてしまっている。、まるで飼い主に叱られた子犬みたいだ。


「ほ、ほんとに無理しなくていいんです。不本意であったなら先生に言って断っていただいて大丈夫ですよ。私なんかのために時間を使っていただくなんて申し訳ないです。私にはそんな価値はないですから……」


「私なんて、学校に行く資格なんてないです。ただでさえこんな人間です。中学校でも上手くなじめないような私なんです。さらに獣人病にかかってます。こんなおかしい人間、きっとみんなの楽しい学校生活を壊してしまいます……」


三枝さんが最初に言ったことは確かにあってる。僕は先生に半ば無理矢理な形でこの任務を受けた。そうでなければこのようにわざわざ三枝さんの家に言って話をするなんてするはずがないだろう。隣の席の子が来ないなぁ。くらいにしか思わなかったはずだ。


三枝さんは自分の事を学校に行く資格がないと言った。自分の事を無価値だというように。自分がいない方がみんなは幸せなんだと言っている。そして、獣人病という奇病に罹患したことをきっかけに感じてしまったのだろう。「お前はみんなのようには生きてはいけない」「おまえは異物なんだ」と。それがさらに三枝さんの思考を加速させてしまった。


でも、思う。考える。確かに彼女はみんなとは違うかもしれない。僕と同じで人付き合いが少し苦手。度合いでいえば三枝さんの方が上かもしれない。さらに獣人病もある。でも、それだけでなぜ資格がないのだろうか。できるなら綺麗に反論して三枝さんを支配している暗く重たい考えを消し去りたい。そうしないと僕自身にも当てはまってしまうような気がしたから。そして、自分の中の人並みの良心が「彼女を助けてあげたい」と言っている。目の前に困っているクラスメイトがいるんだ。そう思ってしかるべきだろう。


でもどうしたらいいのか、自分に何ができるのか。今の僕にはわからなかった。

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