第4話
先生からの呼び出しから時間は無情にも経過し、翌日になった。
頭の中で先生の言葉を反芻しながら僕は一晩考えた。先生から与えられた任務は僕にとっては困難を極めるかもしれない。一つは配布物や提出物の受け渡しだ。まぁこれは大丈夫だ。問題ない。もう一つは三枝さんが学校に登校するように促すことだ。そのうえでまず「友達になってこい」なんて先生は言ってきた。
そういえば友達ってどうやってなるんだろう。大半の人が特に考えることもないが答えの難しい問いだ。先生は自分の目に狂いはなかったと言っていたが、多分人選を間違えている。自慢じゃないが、知り合い以上友達未満の関係の作り方なら、僕には一日の長があるだろう。
友達ってなんだろう。友愛の心だろうか…?いや友愛というのはすでに友人というものが存在していて、その人に対する親しみの情だ。友達の作り方にアンサーは頂けない。どこからが友達でどこからがそうではないのだろうか。毎日挨拶を交わせばその関係にアップデートされるのか?それが真なら僕も友達たくさんだ。やった!……うん、こうして気分を上げていかないと、今からお相手の自宅に行って顔合わせみたいな事するというじじつの重さに耐えられない。
そもそも登校を促すといっても何をすれば良いのだろうか。学校生活のすばらしさを雄弁に語れば良いのだろうか。しかし、それには正確に学校生活のすばらしさを知っていないといけない。僕はこれに対して自信はない。クラスで若干孤立の道を歩んでいる自分。そんなの関係ないくらい打ち込める何かがあるわけでもない。無理にでも語ろうとすればすぐにボロがでるだろうし、何より自分が思ってない事体験したことない事を綺麗な言葉で話すことになるだろう。その姿はまるでソフィストだろうな。
やはり、三枝さんが学校に行きたくない理由を一つ一つ解決していくのが一番だろうか。そのためには必ずコミュニケーションが必要になる。コミュニケーションが生まれれば「友達になる」という難関ミッションにも糸口を見いだせるだろう。
懸念点といえば、そもそも三枝さんが僕たちがやろうとしていることを欲していない可能性があるということだ。先生は「まずは友達になってみろ」と言ってくれた。僕もまずはその方向で動こうとしている。しかし三枝さんはそれを望んでいないかもしれない。僕達がやろうとしていることはただのおせっかいではないのだろうか。いけない、なんだか不安になってきた。こういう時って最初は先生もついてくるもんじゃないのか。曰く先生は「一緒に行ってやりたいが、他の事もあって忙しくてな……」とのこと。
なんてことを頭の中でぐるぐると考えている時点で僕はダメなんだろう。なんというか、こう、そういうのはフィーリングの問題なんじゃないのか。テストの問題じゃないのだ。何か絶対の答えが出るわけでもないだろうに。やっぱり人選間違えてますよ先生。
そうこうしているうちに三枝さんの家の目の前にやってきた。ほとんど考え事や緊張とか不安だとかで頭をいっぱいにしている間でも、僕の足はちゃんと目的地まで動いてくれていたらしい。少し安心したのは、三枝家がふつうのお家だったことだ。おkれが豪邸だったら真っ先に学校へとんぼ返りして姫野先生に言っていたであろう。「ぼ、僕には無理ですぅ……」と。
ま、まずはどうすればいい……。「お友達になりにきましたー!」って言うのか!?いや、違うだろ。まずはインターホンを押すんだよ直哉くん。
若干震える指をインターホンへ向かわせる。全く知らない人のお家に行くのめっちゃ緊張する!鼓動が早くなるのを感じる。自分って結構あがり症なのだろうか。ええいままよ!インターホンを押す…押すぞ!
ピンポーンと予想通りの音が、三枝さん家に響いているのがかすかに聞こえてくる。幸か不幸か留守で今日は断念……になったりしないかな……。
するとインターホンから声がする
「はーい、どちら様ですかー?」
あ、そっか。まずは名乗らないと、
「あ、えっと、和泉直哉です。姫野先生から言われて来ました……」
これでいいだろう。多分。めいびー。
「あ!はいはい聞いてますー!ちょっと待っててね~」
そうしてしばらくの後、玄関のドアが開いた。中から出てきたのは三枝さんのお母さんだろうか。僕達よりも年上であろう女性が出てきた。
「あらあらいらっしゃい~。来てくれてありがとね~」
「あ……えっと、どうも……」
ペコリとお辞儀してみる。三枝さんのお母さんは、すごい穏やかな印象を受けた。オーラがそうなのかしゃべり方がそうなのか。とりあえずよかった。すごい怖い人が出てこなくて……。
「あなたが先生が仰ってた和泉君ね?私、綾乃のお母さんをやらせてもらっているものです~」
言い回しが独特だなこの人。
「さぁ。あがってあがって~すぐに綾乃も呼んでくるから~」
「あ、ありがとうございます」
わりとすんなりとお家に上がらせてくれた。門前払いを受ける可能性も考慮して脳内シミュレーションはしていたが必要のないことだった。良かったぁ~。
リビングに通され、案内された椅子に座る。THE・一般的家庭。安心する空気感だ。よその人のお家という事でアウェイであることは変わらないが。
「よかった~来てくれて~。いままでは姫野先生が来てくれてたんだけど先生って忙しいからね~。毎日は来れないってなったみたいでね~」
「あ、そうなんですか。」
「そこで、クラスメイトの交流もかねて適任の子を選んでくれるって言ってくれてね」
て?適任?先生は口がお上手ですこと。教職でなかったらあの人は詐欺師が適職ですわね。
「あの子はちょっと引っ込み思案なんだけど……。決して悪い子じゃないのよ?あと、先生から聞いてると思うけど、獣人病にかかっちゃってね」
「はい、ある程度は」
「こんな姿じゃ学校になんて行けないってなっちゃったみたいでね。悲観的すぎるのよね~」
まぁ確かに三枝さんの言わんとしていることはわかる。今は昔よりも理解されているとはえ珍しい病気だ。好奇の目にさらされることになる可能性はある。少ない確率とはいえ、それが原因でいじめの対象になるかもしれない。そう考えるとみんなと同じように学校になんて行けないと思ってしまうのも無理ないだろう。
「あ、私なんかと話しててもしょうがないわよね。綾乃をここに召喚するわね」
……あなたの娘さんはモンスターか何かなんですか?
そういって三枝さん母はリビングから姿を消した。三枝さんの部屋は二階にあるのだろう。しばらくすると同年代の女子の声がかすかに聞こえてくる。
「えっ!?ほ、ほんとに来たの……?う、うそ、来るとは思ってなくて……準備とかしてない……」
「ほら、いくわよ~。お客さんを待たせるわけにはいかないでしょ~」
リビングに顔を出すことを抵抗しているのか、ドタドタと荒めの足音が聞こえてくる。どんどん近づいてくる。そしてガチャリとリビングのドアが開いた。
「ど、どどど……どう……も……」
出てきたのは僕より少し身長の低い女の子。大きめな眼鏡をかけ、顔は幼さが残るがとても整った顔立ちに、深い藍色の長い髪。ボサっとしているのはさっき聞こえてきたとおり準備をしていなかったからだろう。そして最大の特徴は、獣人病によって生えた獣耳と尻尾だろう。立派に生えたそれは狼をイメージさせるものだった。しかし、三枝さんから発せられるオーラというか雰囲気はどちらかというと小動物だ。
「ははは、初め、まして……。三枝、綾乃……です……」
消え入りそうな声で三枝さんが名乗る。
「あ、えっと、和泉直哉です」
これが僕と三枝さんの初邂逅であった。






