第3話
「協力してもらうって……一体どういうことですか?」
「別に変なことを頼もうとしているわけじゃない。三枝が学校に来れるようにサポートしてほしいんだ。ちなみにこれ以上最適な人を探すのは面倒だから基本的にお前に拒否権はない」
「え……?あ……はい……?」
「『はい』ってことはYES、わかった、肯定って意味でいいんだな。良かったよ。和泉は素晴らしい人間だな。こんな生徒を受け持てて先生は幸せだぞ」
「ちょ、待ってください。いきなりそんなこと言われても……」
自分にも関係ある話が、自分の意思に関係なく進んでいっている。待たれよ先生殿。僕は今完全に置いてけぼりですよ。
「まぁ確かにいきなりではあるが……。困っているクラスメイトが君のすぐ隣の席にいるんだ。助けてあげようという気持ちにならないか?この仕事に忙殺されているかわいそうな美人女教師の力になってあげたいって思わないか?」
あ、自分でそういうこと言うんだ。いやまぁ確かに美人だけど。
「というか、なんで僕なんですか?クラスメイトは他にもたくさんいるわけですし……。そんな考えないでも適任は他にもたくさんいるはずですよ」
自分に何かあるわけではない。これまで多くの人を救ってきたとかそんな偉大な実績のようなものはない。多数の人間の中からなにか頼まれ事をされるような人間ではないと思う。入学したてのこの時期ならなおさら。自分、目立たないし……。
「そうかもしれないが、和泉でいいやって……失礼、和泉に頼みたいって思ったんだ」
こいつでいいや~で選んだのか……。この世の全てに意味を求めようとは思わないがこれには意味を求めてしかるべきじゃないのか。
「いや、冗談だよ。ちゃんと選んだ理由がないわけではない」
『ないわけではない』ぐらいのレベルなんだ。ぜひ聞かせてもらおうじゃないか。「
「まず隣の席っていうが一つかな。三枝が仮に学校に来た時に、事前に知っている人間が近くにいた方がいろいろと安心するだろうし。」
なるほど。サポートというのをする関係上、僕は三枝さんと接点を持つことになるだろうから。まぁいいでしょう。
「二つに三枝の家がお前の家の方向と一緒だというのもある。これなら登下校の途中で寄りやすいだろう。家どうしもそんなに遠いわけではないしな」
わざわざ自宅とは反対方向に行かされるみたいなことはないらしい。小学校のときなんかは風邪で休んだクラスメイトに配布された物を届ける役割を、家が同じ方向の児童に任せるなんていうのはよくある話だ。まぁ納得だ。
「それに、お前は部活に入る素振りもないからな。放課後は暇しているだろう?」
なんでわかるんだ…。僕が気付かないうちに催眠術でもかけて情報を吐かせたのだろうか?
実際、部活に入る予定は今のところない。家に帰ってもゲームをするか読書をするか、動物の動画を見て癒されるかしているだけである。誰かと遊ぶ?え、そんな間柄の人がいると思います?
「あと、和泉。私の間違いだったら申し訳ないんだが……。現状、お前は友達作りに苦戦しているんじゃないか?これは隣の席のやつと友達になるいい機会でもある。先生からのちょっとした手助けってやつだ。」
ふ、ふ~ん。せ、先生って意外と生徒の事見てるみたいですね。それとも僕の心を読みました?いてて、なんて耳が痛くなる話だ。心も痛い。あろうことか職員室でいじめが起きていますよ!先生の皆様ー!
「え……あ、ありがとう、ございます……?」
予想外の攻撃にダメージコントロールが追い付かず、こんな腑抜けた返事しか出来なかった。
「それに三枝は女の子だ。いいじゃないか~。青春じゃないか~。」
「そ、それは関係ないでしょ…」
青春の安売りか?
「ははは。ちょっと茶化し過ぎたか。でもまぁ、おせっかいかもしれないが、心配なんだよ。別にお前は悪い奴ではないだろうし、誰とも仲良くなりたくない孤高の存在
ってわけでもなさそうなのに、馴染むのに苦労しているようにみえたからさ。」
先生の目は真剣だった。本当に自分の事を心配してくれているのだろう。なんだかんだいって先生はちゃんと先生だったんだ。少し誤解しかけていたかもしれない。
「学生時代っていうのは人生の中でもすごく貴重な時間だ。あっという間に過ぎてしまう。私たち先生は勉強を教えるのが仕事なのはもちろんだが、生徒たちが『幸福な学生時代』をおくる権利を守ってやるのも仕事だ。お前が『それ』を享受できるようにしてやりたい。そして、三枝は『それ』を自ら捨てようとしている。」
先生は学生名簿に再び目を落としながら言う。先生が本気で思って言っているということは横顔と雰囲気だけで伝わる。
「三枝はな……。高校に入学する直前で『獣人病』にかかってしまったんだ」
「……」
獣人病の話が出た時に少しは勘付く事は出来たが、やはりそうらしい。
「親御さんから聞くに、中学までは普通に通っていたらしい。だからきっと、自身が『獣人病』であることが登校しない事の要因の一つだと思う。確かにこの病気は珍しいものだが……何も危険なものではない。今は昔のように偏見がひどいわけでもない。」
「……」
「お前が『獣人病の人も同じ人間だ。幸せになる権利がある』って言ってくれた時、私は嬉しかったよ。私も同意見だ。だから三枝にもみんなと同じように遊んで、学んで、成功したり失敗したりする権利があるんだ。私はそれを守ってやりたい。でもそれは先生だけでは難しい。」
先生はそういうと少しだけ悲しそうな表情を見せた。
「先生よりも、和泉たちクラスメイトの方がより多くの時間を一緒に過ごすからな。私たちはあくまで君たちの生きている『青春』の外側の人間だ。だから一緒にいる内側にいるお前にも協力してほしいんだ。私と同じように獣人病について思っているおまえに……な」
「……」
先生は本気だ。本気で先生の言う僕たちの『幸福な学生時代』を守ろうとしてくれている。それがとても尊いものだと先生は知っているから。だから、それは自らそれを捨てようとしている三枝を助けてあげたいのだろう。そして、本気で僕たちの事を考えてくれている人のSOSを断るほど僕も薄情な人間ではなかった。
「……わかりました。僕に何ができるかは分からないですけど……。協力します」
「……そうか。本当にありがとう」
先生は少し安心した様子を見せた。いやこの人あんまり表情が動かないから何となくではあるけど。
「大丈夫だ。頼んで終わりにするつもりはない。もちろん先生もサポートする。とりあえずは配布物や提出物の受け渡しとかをお願いしたい。あとはそうだな……とりあえず友達になってこい。やっぱりこういうのは友達になるところからだろうしな。だろう?」
え?難しい事は頼まないって言いませんでした?友達……友達になる……しかも女子と?僕が?
「では、明日からよろしく頼む。」