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名もなき物語〜偽りの世界を生きるモノたち〜  作者: Kuromaku
序章 全ての始発点にて、彼らは何を想うのか
7/12

7話  嫌な予感はよく当たる

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夕日が街を茜色に染め始めたころ、雷は後悔の念に苛まれていた。

1歩、また1歩と足を踏み出す度に、膝と腰に半端ではない重圧がかかる。

ー重い。こんな荷物さっさと投げ出して帰りたい。

雷がふと隣を見ると、愛美がこちらを心配そうに見ていた。


「ごめんね、重いでしょ。別に家までじゃなくてもよかったんだけど・・・」


先ほど荷物を運ぶのを手伝ってほしいと頼まれ、舞い上がっていた彼はつい家まで運ぶと言ってしまった。さすがに自分で言っておいて逃げ出すのは格好が悪い。だから、雷は笑顔を作って言った。


「大丈夫。そんなに重くないよ。家まであとどれくらいかかる?」


「もう2,3分でつくと思うよ。」


その答えを聞いて少し安心した。実はもうすでに学校からかなりの距離を歩いてきている。いつまで続くのかと不安になってきていたところだった。相変わらず、道を行く人々は彼女とすれ違うとうっとりとした表情で彼女を見つめる。重さを紛らわせようと、雷はずっと気になっていたことを尋ねる。


「別に運ぶのが嫌って訳じゃないんだけど、愛美は家族に車で送ってもらったりできないのか?みんなそうしてるけど。」


それを聞いて、彼女の顔に一瞬暗い影が差した。下を向き、そこにあった石を蹴飛ばしながら口を開く。


「わたしね、物心ついて間もないころに事件に巻き込まれたの。その時にお父さんとお母さんは殺されちゃって。残ったのはわたしと家だけ。小さいころは親戚のおじさんが時々来て面倒を見てくれたんだけど、ここ5,6年はずっと一人暮らしなんだ。」


それを聞いて、雷は胸が締め付けられるような思いがした。そんな事情があったなんて、知らなかった。


「ごめん。事情も知らずに。」


すると、彼女は慌てて首を振った。一瞬でさっきまでの明るい顔に戻る。


「いやいや、大丈夫だよ。あんまり人に言える話じゃないけど、誰かに聞いてもらいたいとも思ってたし。」


しばしの間、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。先にその沈黙を破ったのは愛美だった。


「ついたよ。ここがわたしの家。」


彼女が入ろうとしているのは、とてつもなく大きな洋館だった。小説の中でしか見ないような、大きな館。ドラマなら、間違いなく殺人事件が起きるだろう。

彼女はためらいなく門を開けて、玄関へと続く庭園に入っていった。彼女のあとについて雷も恐る恐る足を踏み入れる。

本当に大きな屋敷だ。庭には植木がたくさんあり、花も咲いている。きちんと手入れされていて、とても一人で住んでいるとは思えない。門から玄関の扉までは緩やかに曲がった道が延びており、石畳が敷かれていた。


道を歩いて行くとやがて、巨大な扉の前についた。見た目とは裏腹に愛美が手をかけると扉は軽々と音もなく開いた。

扉の前に立つと、彼女は振り向いて言った。


「ようこそわが家へ、真雲くん!」


中に入ってすぐに下足場があった。洋館ではあるが、さすがに中へ土足では入らないらしい。愛美に案内され、広間へ入る。


「うへぇ。」


思わず間抜けな声が漏れたが、それも仕方ないことだろう。中は雷の想像を遙かに超える豪華さだった。天井からは当たり前のように大きなシャンデリアがぶら下がり、赤い絨毯が敷かれている。二階は吹き抜けになっていて、周りを廊下が一周している。外見でも十分に大きかったが、中はそれよりも大きく感じる。

もはや殺人事件などという騒ぎではなく、人狼ゲームが始まりそうな雰囲気だ。

雷が呆然と佇んで辺りを見回していると、愛美が階段に向かって歩き出した。荷物を持ち直し、後を追う。


二階に上がり、がらんとしたろうかに足音を響かせながら歩く。いくつものドアの前を通り過ぎると、やがて薄いピンク色のプレートがかかった部屋へとたどり着いた。プレートにはつたない字で「まなみ」と書いてある。愛美はその中へと入っていった。急に雷は緊張を感じた。女子の部屋に入るのは、これが初めてだということに気付いたからだ。大きく息を吸い、呼吸を整える。雷は意を決して足を踏み入れた。


部屋は、これまた外見からは想像がつかないほどに広かった。薄い赤色の絨毯が敷かれていて、天井からは小さいシャンデリアがぶら下がっている。さらに驚くべきことにこの部屋には二階があった。部屋に入ってすぐ左には階段があり、その先に部屋の半分ほどを覆うようにして二階があった。

一つの部屋の中に2階があるなんて、今まで見たこともないような造りだった。

愛美は少し奥に置かれていた丸椅子を指した。


荷物をそこに置き、一息つく。ふと窓の外を見ると、大分暗くなってきていた。

ーこんなに遅くなったら、母さんになんていわれるか。

思わずため息をついてしまう。そんな雷を見て、愛美は心配そうな表情を見せた。

その時、雷の腹部から音が鳴った。どうやら雷の体は働いた見返りを正直に求めているようだ。それを聞いた愛美は可笑しそうに微笑んだ。


「夜ご飯、うちで食べてかない?」


それはとても魅力的な誘いだった。断ることも考えなかったわけではない。まだ会ってから日の浅い人の家で、ご飯をごちそうになるなんて。しかし、そんな遠慮の心も空腹に勝つことはできなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えて。」


僕の答えを聞くと、愛美の顔がぱあぁっと明るくなった。


「今から作るから待ってて!」


そういうと、彼女は慌ただしく1階へと向かった。そういわれても、さすがに準備も手伝わないのは気が引ける。僕も手伝おうと後を追った。

玄関の方向へ向かうのかと思いきや、愛美はくるりと向きを変えて真反対へと向かった。見失わないよう、必死で後を追う。


いくつもの廊下を通り、やがて小さめの階段にたどり着いた。階段の一番上の手すりにはさっき見たのに似たプレートがかかっており、「だいどころ」と書かれている。彼女はその階段を降りていった。続いて降りていくと、これまたとてつもなく広いキッチンが見えてきた。どうやらここで料理をするらしい。

一人で佇む彼女を見ていると、心の奥を針で突くような痛みが襲った。この広い家でたった一人でくらしている彼女は、ずっと孤独なのだ。ただのお節介かもしれないが、少しでもその寂しさを和らげてあげられたら、と思わずにはいられなかった。

鼻歌を歌いながら、愛美がエプロンを着け始める。僕がキッチンへと入っていくと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「手伝ってくれるの?」


「うん。ただごちそうになるってのも悪いし・・・」


「じゃあ、そこのタンスから適当にエプロンをとって!」


言われて初めてそこにタンスがあったことに気付く。そのタンスは壁に埋まるようにしてあり、扉には周囲の壁とつながった複雑な彫刻が施されているので何も知らなければそこにあることには全く気付けないだろう。開け方がわからずに四苦八苦していると、愛美が木目にそっと手を這わせた。カチリと音がして、壁が手前に開いた。そこにかけられている、いくつかの中から気に入った青い物を取る。

愛美はお玉を手に取り、にこっと笑った。

雷と愛美は、ほとんど無言で料理を作り続けた。やがて、おいしそうな夕食ができあがった。簡単なポークステーキに野菜とゆで卵を使ったサラダ。それに、トマトのスープ。


「おいしそう!早く食べよ?」


愛美が目をキラキラさせてのぞき込んできた。雷も笑みを浮かべると、うなずいた。


「「いただきます!」」


初めて二人で作った料理は、言葉が出ないほどにおいしかった。こんなに食事に夢中になったのもずいぶんと久しぶりのことだ。

二人は夢中で食べ続け、気付けばたくさんあった料理は全てきれいになくなっていた。


「おいしかったぁ。ごちそうさまでした!」


愛美は手を合わせると、鼻歌を歌いながら片付けを始めた。雷も立ち上がり、彼女を手助けする。食器を洗っている途中で、愛美はぽつりと呟いた。


「真雲くん。また、いつかうちに来て?今日は、お客さんが来るとは思ってなかったから、たいしたものは準備できなかったけど。そのときはもっとすごいごちそうを用意するから。」


驚いて雷は彼女を見た。愛美は、またしてもからかうような笑みを浮かべた。しかし、よくみるとその体は小刻みに震えており、彼女がありったけの勇気を振り絞っていることが見て取れた。

入学式の日からいままでずっと彼女はどこか大人びて見えた。だが、この瞬間だけは普通の少女のような表情がのぞいていた。よく見れば、身長だって雷の肩までしかない。こんな小さな体で、彼女はずっと一人で生きてきたのだ。それを改めて感じた。

護ってあげたい。彼女からすれば必要ないかもしれないけれど、そう思っていることだけでも伝えたい。雷が口を開きかけたとき、それを遮るように愛美が言葉を発した。


「この後家に帰るよね?その時はわたしが送っていくから。」


雷は驚いた。確かにもう夜も深まってきてはいるが、彼の家はそこまで遠いというわけではない。別に送っ

てもらわなくても大丈夫だ。それに、帰りは愛美が一人になってしまう。そう思い、雷は首を横に振った。


「いや、いいよ。心配してくれてありがとう。でも、家、近いから。」


そう言って雷は鞄を持った。愛美は何か言いたそうにしていたが、やがてうなずくと玄関へと案内してくれた。


「じゃあ、また明日。」


そういって別れようとしたが、愛美は何も言わなかった。代わりに、何かを訴えるような目で雷を見つめている。その視線がなんだか居心地が悪くて、雷は足早に門を抜けた。さりげなく振り返ると、愛美はずっとこちらを見つめていた。ふと、彼女の目に何か光るものを見た気がして、少し嫌な予感がした。

雷はそれを振り切るようにさらに足を速め、家へと足を向けた。

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