4話 爆炎をその身に纏い、降臨する
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甲高い音を立てて空気を切り裂き、空を飛翔する者がいた。それは、猛り狂う炎を身に纏った紅い竜だった。その竜、紅煉はいつになく急いでいた。ここまで急いでいるのには理由がある。蒼の覇者の気配が唐突に現れたのだ。
もう300年にもなるだろうか。殿下の捜索中、彼は突如として消えた。残された8人の覇者のうち、紅煉が彼の捜索を命じられた。皮肉なことに、紅煉と蒼の覇者・・・黎は犬猿の仲だった。互いに力は認め合っていたものの、考えが一致することはほぼ無かった。敵を前に力で押し切ろうとする紅煉と、対照的に慎重に考えて行動する黎。彼らはしばしば衝突した。
本音を言えば紅蓮は捜索の任務などまっぴらごめんだった。大体、そういうこそこそしたことが紅煉は大嫌いだ。やるなら、敵を殲滅するような力仕事を。それが彼の願望だった。
しかし、黎がいなければ殿下の捜索、討伐は難しい。それに、彼の尊敬する王であり、師である天龍から直々に依頼されたために仕方なく任務を引き受けたのだ。
しかし、一向に黎の気配は感じられず、そのまま300年ほどの年月が流れた。本来ならば竜にとって300年という時間は短くはないものの、そこまで長い時間というわけではない。しかし、紅煉は竜には珍しく短気だった。不満はやがて苛立ちへと変わり、紅煉は任務を放棄しかけていた。その時、世界に戦慄が走った。この気配、まさしく黎のものだ。
「あの馬鹿野郎、今までどこに・・・」
空を蹴り、飛翔する。彼のいたところから紅い光が轟音を立てて飛び去っていく。そのあとをすさまじい衝撃波が追随する。極限まで高められた動体視力で、辺りをくまなく探すが、どこにも見当たらない。蒼い光を放つやつの姿は、夜の間はとても目立つはずだ。見逃すはずなど無いというのに。
その時、視界の隅にちらりと蒼い光が写った。すかさず振り向き、光源へと向かう。その瞬間、鋭い殺気を感じて紅煉は構えた。近くなった今では、あの蒼い光がなんなのかもはっきりと視認できる。黎の剣だ。そして、彼は今まさに必殺の一撃を放とうといていた。すかさず右手を構え、詠唱する。
「荒ぶる炎よ。我の元に集え。全てを灼き、滅する刃となれ。【灼滅槍】」
ごう、と音とを立てて炎が燃えさかる。辺りの気温が一気に上昇し、木々の葉が煙を立て始める。紅煉の手から、炎が上がり始めた。そして、それは次第に槍の形へと変化していった。
「【羅舞渦】」
黎の声に続き、すさまじい数の斬撃が、下で走り回った。しかし、紅煉の眼には映っていた。剣を納め、完全に油断している黎を、後ろから襲おうとする黒い影が。
「炎よ、黒き影を打ち払え。我の前に立つ者は全て灰燼と成り果てよ。【煉獄ノ炎】」
紅煉の槍に赤黒い炎がまとわりついた。彼はそのまま黒い影に向かって槍を投擲した。轟音とともに、土埃がもうもうと上がった。紅煉は地上へとゆっくり舞い降りた。
轟音とともに、何かが地上へと落ちてきた。瞬間、周囲の気温が異常な勢いで上昇した。あまりの暑さに手で顔を覆いながら見ると、それはどうやらとてつもない熱を放つ大きな槍のようだった。槍に目を奪われていた僕は、やがてそれに串刺しにされた怪物に気付いた。完全に炭化しており、水分は欠片もない。
僕が恐る恐るそれに近づこうとしたその時だった。巨大な影が僕を呑み込んだ。慌てて上を見た僕は腰を抜かしそうになった。そこにいたのは、美しい紅い竜だった。
さっきまでの怪物どもの親玉だろうか。いや、格が違いすぎる。わざわざ隙を突かなくても僕なんて一瞬でひねり潰せるだろう。
ならば味方か?いや、それもなさそうだ。竜の体中から立ち上るこの異様な気配は、おそらく怒りだろう。もしかすると縄張りに勝手に入ってきた僕に怒っているのかもしれない。どう話しかけたものか。
しかし、そんな僕の悩みは相手の方から解決してくれた。
「黎、貴様何をしている。なぜそんな姿のままいる?早く来い。俺がどれだけ苦労したと思っている。さっさとしろ。」
黎って誰だ?まさか僕のことか?この竜は僕のことを知っている?
それに、ものすごく怒ってないか?まさに竜の逆鱗に触れたような空気。うかつなことを言えば消し飛ばされそうな雰囲気だ。
しかし、大変残念なことに、人という生物はこういったときに限って自分の気持ちを素直に言葉にしてしまうものだ。
「・・・・・・誰ですか?」
勇気を振り絞って口から出た言葉は、あまりにも間抜けに響いた。竜の眼が大きく見開かれる。ものすごく凝視されている。これはまずいかもしれない。
「貴様、自分の使命を覚えているか。」
え?僕の使命?そんなもの知らないぞ。でもそんなこといえるような空気じゃないよな。
「僕の使命は、自分の記憶を取り戻すこと・・・。」
「・・・・・・・・・。」
竜の眼が、細くなる。怒りを通り越したその視線からは、もはや哀れみすら感じられる。
「貴様正気か?それとも本当に記憶をなくしているのか?どちらにしろ関係ない。早く竜の姿に戻れ。その体では空もろくに飛べん。」
何を言ってるんだ?空なんて飛べるはずがないじゃないか。大体竜の姿って何だよ。僕は人間だけど。
「これって異世界転生とかではないんですか?」
この世界に来てから一番疑問だったこと。まあ、この流れからしておそらく違うだろうということは僕にもわかっているが。
「さっきから何を訳のわからないことを抜かすかと思えば。ここは異世界などじゃない。お前は蒼の覇者、黎。水の力を司る竜だろうが。天龍様に与えられた使命、殿下の捜索を忘れたわけじゃないだろうな。」
「忘れました。」
忘れたもなにも初耳すぎる。だんだん口調も砕けた感じになってきたし、腹立つ竜だ。僕の頭はこの状況に慣れつつあるのか、竜に対する苛立ちすら感じ始める。
いや、むしろ僕はこんな状況を望んでいたのではないだろうか。自分が、何か特別な存在であるという状況を。大体、今の発現から察するに僕は元々この世界の住人らしい。さらには、竜だという。竜?今目の前にいるこの紅い奴みたいな?そのわりに僕の体は人間の形をしている。
僕の返答を聞いて、竜は深いため息を・・・もっとも竜にため息なんてものがあるとしての話だが・・・をついた。その影響であたりの木が音を立てて燃え始める。そのせいで僕の服にも火の粉が落ちてきたので、慌てて振り払う。
紅い竜はしばらくの間目を閉じ、考えていたが、やがて目を開けて言った。
「心の中で強く念じてみろ。自分は竜だ、空を飛ぶんだ、とな。」
目を閉じ、言われたとおりに念じる。
ー僕は竜だ。
そう念じると確かに、少しづつ自分の体がだんだん大きくなっていくように感じる。これが想像の力ってやつだろうか。今なら、どんな敵でも一撃でひねり潰せる気がする。
続いて、周りの木がへし折られる音が聞こえる。そして、僕の足はゆっくりと地面を離れる。
なんだ?今僕は宙に浮いてるのか?恐る恐る目を開ける。
目を開けると、先ほどの竜の顔がすぐ近くにあった。思わず顔を背けると、僕の足があるはずのところには蛇のような胴体があった。さらには、体中が鱗で覆われていて、尾がある。これじゃあまるで、まるで・・・
「うわあああ!気持ち悪!本当に竜になってる?」
混乱する僕に、赫い竜はあきれた声で言った。
「この醜態、天龍様にも見てもらいたいほどだな。とてもあの冷徹な蒼の覇者とは思えん。とにかくついてこい。お前が何をしでかしたかきっちり思い出させてやる。」
龍はくるりと向きを変え、飛び始めた。僕もすかさず後を追おうとするが、なぜかその場でくるくると回ってしまう。この体の動かし方がまだわからない。
「体の動かし方がいまいちわからないんですけど・・・?」
この竜のことはなんて呼べば良いんだろうか。そう考えていると、紅い竜はぶっきらぼうに言い放った。
「紅煉だ。自分の体くらい自分で制御しろ。覇者の恥だ。」
心を読まれたかのような返答に驚きつつも、反感を覚える。
そんなこと言っても、空中に浮くなんて初めてなんだし、しかたないのに。しかし、紅煉は助けてはくれなかった。代わりにその燃えるような瞳で一生分の冷たい視線は投げかけてくれた。
結局手がかりをつかんだと思ったものの、僕は何もわからないままにひとまず紅煉の後を追うことにした。