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名もなき物語〜偽りの世界を生きるモノたち〜  作者: Kuromaku
序章 全ての始発点にて、彼らは何を想うのか
3/12

3話  春風が運んできたもの

感想など書いていただけると嬉しいです!


激しく風が吹き荒れる夜の街。こんな日には、何かが起こる予感がするものだ。

わたしの目線の先には、彼がいた。この戦いに関わってしまった以上、彼がいってしまうことはわかっている。

でも、どうしても問いかけずにはいられなかった。今話さなければ、もう二度と話せない。そんな気がした。


「本当に、いってしまうの?」


彼は、少し驚いたような顔を見せた。そして、優しく微笑んだ。


「絶対に無事で帰ってくるさ。約束するよ。」


その確信的な口調を聞きながらも、わたしは心のどこかで彼はもう帰ってこないことを知っていた。ここで止めないと、もう二度と会えないだろう。でも、彼の覚悟を知った今ではもう止める気すら起こらない。元はといえば、私が悪いから。

視界がにじみだした。彼の笑顔には、全てを諦めたかのような寂しい陰があった。


「約束、だよ。破ったら、怒るよ。」


涙がこぼれた。泣いてしまった自分が嫌だった。でも、いくら拭っても涙は止まらない。彼はわたしを抱きしめた。必死に口を開こうとするが、あふれる涙でしゃべることすら困難だ。そんなわたしの涙を、彼は照れくさそうに拭いてくれた。

彼に会ってから、わたしはことあるごとに涙をこぼしてしまう。それは、頼ることのできる相手ができたからだろうか。それとも、ただわたしが弱くなっただけだろうか。


しばらくの沈黙のあと、彼は言った。


「約束だ。絶対に帰ってくるよ。」


嘘だ。そう叫びたかった。しかし、わたしの口は開いてはくれない。ただ、涙で揺れ続ける彼の顔をじっと見つめることしかできなかった。

風がさらに強くなった。彼の少し長めの髪を、風が乱す。次の瞬間、舞うような美しい動きで彼は夜空へと飛

び立った。鋭い痛みを、わたしの心に残して。




「今日は一日中晴れ間が広がるでしょう。また、強い風が沿岸部を中心に吹くでしょう。続いては・・・」

いつもと変わらないニュースキャスターの淡々とした声。そんな対照的に少年の心はいつもと違って弾んでいた。そう。今日は高校生活の最初の日である。

彼、真雲雷は今日から高校一年生になった。浮かれすぎて夜はろくに眠れず、無事に寝坊した彼はあきれた顔の妹を尻目に、焼けすぎたトーストを口に詰め込みながら身支度を始めた。


今日は今年で一番大きなイベントがある日。クラス決めだ。誰もが知っていると思うが、どんなメンバーになるかが、今年の運命を決めるといっても過言ではない。


「いってきまーす。」


「いってらっしゃい。気をつけてね。」


母に声をかけ、家を出る。久しぶりに雨がやんでいる。天気は晴れていて、雲一つない。学校の始まりにはぴったりの日だ。飛び跳ねたくなるような明るい気持ち。足取りも軽く、歩き慣れた道を進む。

そんな雷の肩に、魔の手が伸びる。


「隣はどんな人になるんだろうな、雷。」


「うわっ。驚かすなよ。」


気配を消して後ろから近づいてきていた人物に急に肩をたたかれ、雷は飛び上がった。本当に心臓に悪い。しかし、声の主が誰かはわかっている。

振り向くと、予想通りの顔があった。日に焼けた肌に、雷より5センチほど高い身長。そして何より気の強そうな目つき。


この柄の悪い奴は、幼なじみの純也だ。親の影響で数多くのスポーツを習っており、大体どの種目でも大会で優勝する怪物である。

雷とは全く性格は違うが、勉強がさっぱりなこともあり、よく宿題を写しにやってくる。

しかし、一方で雷は助けてもらうどころか迷惑をかけられることの方が多い気がする。腐れ縁ってやつだろう。そのくせして仲間から慕われている憎めない奴だ。

二人が通うことになった東風高校はこの区で最も偏差値の高い名門校である。成績が壊滅的な純也が入学することができたのは、推薦と雷の教えのおかげだ。


満面の笑みの奴を見て、雷は思い出した。


「お前さ、一応新入生代表だろ。挨拶とかきちんと考えてきたのか。」


「やっべ。何も考えてねえわ。」


予想通りの答え。


「そんなことだろうと思ったよ。どうするんだよ。僕は知らないぞ。」


「雷様、いつもみたいにお願いしますよ。」


「しかたないな。そんなことだろうと思って。はい、これ。」


こんなこともあろうかと、昨日のうちに考えて置いた原稿を渡す。なぜこんなことをしているのだろう。

僕は万能な機械じゃないぞ、と心の中で呟く。

いや、それよりもいつもこんな調子でこいつは本当に大丈夫なんだろうか。


「そうこなくっちゃ。じゃあ、俺急がなきゃいけないから、先行くな!」


一方的にそう言うと、純也は去って行った。全く、嵐のような奴だ。それにしても速い。あっという間に見えなくなった。

雷は特別急ぐ必要もないのでゆっくり行くことにした。


迷路のような小道を抜け、(雷と純也は小さいころからここを近所の迷宮と呼んでいる)川沿いの大きな道へと出る。

満開の桜の咲く大通りを抜け、学校の正門へとたどり着いた。同じ一年生たちが新しい生活への期待に目を輝かせながら門を抜けていく。


雷も同じように門をくぐり抜けようとした、その時だった。

ふわり、と彼の頬を風がなでた気がした。正確にはそれは風ではなかった。それは、一人の少女だった。長い黒髪をなびかせて、澄んだ瞳は、光のせいか桃色に見える。彼女を見た瞬間、雷は自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。


顔が、体が、熱い。雷は彼女から目を離せず、足を止めた。

これが初対面のはずなのに、彼女とはどこかであったことがある気がした。


呆然と佇んでいると、彼女の視線が合った。口を開けてぽかんと佇んでいた雷は、慌てて表情を取り繕う。そんな雷を見て、彼女はふっと微笑んだ。心を打ち抜かれた気がした。これが俗に言う「一目惚れ」というやつだろうか。気づけば、周りにいる人たちも彼女を呆然と眺めている。

彼女はすっかり注目の的だった。

そんな視線を尻目に、彼女は門を抜けていった。つられるようにして歩き出す。


彼女の後についていくうちに、玄関へとやってきた。素早く表を探し、自分のクラスを確認する。


「えーっと。クラスは1-3っと。それで下駄箱は・・・」


「ここだよ。真雲くん。」


「ありがとう。」


いや、待て。誰だ?聞き慣れない声に疑問を抱き、顔を上げるとさっきの少女の顔があった。心拍数がどっと上がる。

慌てる僕を彼女は面白そうな顔で見つめていた。


「きっ君は・・・?」


勇気を出して話しかけると、彼女は髪をふわりとかき上げた。


「わたし、宵月愛美。よろしくね。」


「うん、よろしく。でも何で・・・」


僕の名前を知ってるんだ?そう聞こうとしたが、彼女はすでに教室に向かって歩き出していた。慌てて後を追う。心臓の音がかつてないくらいにうるさい。雷だけではなく、廊下をすました顔で歩く彼女を誰もが憧れの目で見ていた。教室へ入ろうとすると彼女は振り返り、雷に微笑みかけた。不思議なことに自分の席が誰の隣になるのか雷はわかった気がした。


入学式では、長く退屈な校長の話の後に担任の先生の発表などで盛り上がった。僕のクラス担任は坂田という体育会系の教師になった。また、無事純也も同じクラスであることが判明した。

その後、新入生代表である純也の挨拶があった。

ちなみになぜ成績がよいわけでもない彼が代表かというと、純也の運動面での成績がとんでもないからだ。学校側もどうするか迷ったらしいが、主席が辞退したので彼に決まったらしい。

自分の考えた文章を得意げに読むあいつの顔には内心少し腹が立った。僕が考えてなかったらどうするつもりだったんだろう、という思いを込めて、奴を睨む。視線に気付いた純也は、満面の笑みを浮かべた。

あとでやつが自慢げに語っていたところによると、何も知らない先生からはあとで散々褒められたようだ。

そうこうしているうちに、長いようで短い入学式は終わった。

入学式の後、僕たちは教室へと帰された。まずは恒例の自己紹介。趣味や、中学校のころの部活などについてかたる時間だ。僕も含めた大半の人間は無難にテンプレに沿って挨拶をした。

そんな中、宵月愛美はかなり目立った挨拶をした。内容が変わっているとかそういったものではなかったのだが、仕草の一つ一つがいちいち可愛い。最後にはウインクまで決めていた。大部分の男子はそれで撃沈したようだ。最初のうちはうさんくさそうに見ていた先生までも彼女に見とれていた。

そして、誰もが待ち望んでいた席替えが始まった。みんなの目線は自然に宵月愛美へと向いた。みんなの視線を感じて、彼女は少しだけ恥ずかしそうに苦笑した。その姿を見るだけで、体が熱くなる。僕はすっかり彼女の虜になっていた。

そんな様子を気にすることもなく、先生が席を告げる。


「真雲はここだ。で、隣が宵月。それで・・・」


クラス中の視線が僕に刺さる。

僕の予想は的中した。しかし、彼女は驚いた様子もなく机を移動させた。そして、僕の机に手をつくとはじけるような笑顔で言った。


「これからよろしくね!真雲くん!」


彼女の勢いにのまれ、僕はうなずいた。そういえば、とずっと気になっていたことを聞く。


「さっきはどうして名前を?」


すると、彼女は意外といった様子で僕の鞄を指さした。つられて僕も鞄を見る。


「ネームタグがついてたから。」


確かに彼女のいうとおり、鞄にはネームタグがついている。考えてみれば単純なことだった。

僕はさらにもう一つ、気になっていたことを尋ねる。


「宵月さん。前にどこかで会ったことない?」


彼女はしばらく目を伏せて考えていたが、やがて首を振った。


「ううん、これが初対面だと思うよ。」


どうやら、雷の思い違いだったようだ。少しの間、彼らの間に沈黙が訪れる。

宵月さんの方をちらりと見るが、彼女は下を向いていかにも気まずそうな顔をしている。気のせいか、先ほどまでの明るいオーラは薄まっているように見える。

何を話せばいいのかわからず、なんとも気まずい雰囲気を醸し出していると、後ろから肩をたたかれた。


「ちょっと君。愛美が困ってるじゃん。」


振り返ると、知らない女子がいた。


「佳奈ちゃん、いいから・・・!」


宵月さんがあたふたと間に入ってきた。


「知り合いなの?」


雷が聞くと、彼女はうなずいた。


「浅野佳奈ちゃん。中学校のころからの友達なの。」


紹介されて彼女・・・浅野佳奈は少し不満げな顔を見せた。


「友達、じゃなくて親友、でしょ?」


あはは、と笑って受け流す宵月さん。そんな彼女を見て、浅野はこちらをちらりと振り返って言った。


「この子、いつもは元気に振る舞ってるけど気が小さくて自分の気持ちをなかなか言えないから、察してあげなよ。」


そう言われ、宵月さんの方を見ると彼女は恥ずかしそうに俯いた。


「ほら、早く言いな?」


浅野が何かを促すように愛美に囁く。それを聞いて彼女は意を決したように顔を上げた。そして、僕の耳元に口を近づける。耳に息がかかり、思わず身構えていると、彼女はそっと言葉を発した。


「消しゴムを忘れちゃったの。貸してくれない、かな・・・」


だんだんと小さくなる声。雷は思わず吹き出してしまった。先ほどまではあんなに大胆に振る舞っておいて、そんなことで悩んでいるなんて。

そっと、彼女の手に消しゴムを乗せる。


「ありがと。」


そういって彼女は微笑した。始まったばかりの雷の高校生活は、確実に良い方向へと回り出したような気がした。


・・・少なくとも、このときまでは。

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