第一章 16話 「逆襲 2」
復讐編と言いつつラブコメみたいになってますが、安心してください。しっかり鬱です。
「覚えてる?初めてあたしをかばってくれた、あの宴会のこと。」
少年の膝の上で、アメリアは眠そうな声を上げた。目を閉じ、記憶を思い起こす。
「・・・ああ、覚えてるよ。」
( お前のおかげで、思い出せた。)
睡魔に負けたのか、アメリアが静かな寝息を立て始める。大きく呼吸をする。一回、二回、三回。
やがて、膝の上の小さな寝息は消え、少年は喧騒の中に立っていた。入学してすぐ、9月だったか。新入生歓迎のパーティーで、彼はアメリアを護ることを決心した。
ひときわ大きな歓声が上がり、少年は振り向く。白いドレスに身を包んだ、幼い頃のアメリアが階段を降りてきていた。少年の胸元には、金色の勲章が飾られている。
これは、学年の主席を意味する勲章。そして、幼いアメリアの胸元で光を反射する銀色の勲章。それが、次席の勲章。貴族令嬢なんて言うのは、大体動きを優雅に、お淑やかに歩くものだ。しかし、彼女は違った。腕を大きく振って、大股で歩く。
「あんた、あたしの髪留めを拾ってくれた人よね?」
その時はまだ、アメリアは少年の名を知らなかった。
「うん。僕が主席だ。」
「そっかぁ~。あたし、あれだけ勉強したのに、負けちゃったのかあ。」
とても率直に、残念な気持ちを吐露する彼女は、何故かとても暖かかった。入学試験、入学式を経て少年は貴族界に嫌気がさしていた。右を向いても、左を向いても自分の家の自慢。あるいは、強い貴族におべっかを使う。
( どいつもこいつも、自分のことしか考えてない奴ばかりだ。)
そんな暗闇にアメリアは嘘のない太陽のような笑顔で押し入ってきた。
「あたし、アメリア。アメリア・ロンド。よろしくね!あんたの名前は?」
( こいつと交友関係を持っても、何も悪いことはない。)
冷たく冷え切った少年の心にも、暖かい何かが灯った。復讐しか頭になかった少年は、間違いなくその笑顔に救われたのだ。
宴会で、二人は一緒に食事をした。無論、主席と次席だからというのもあったが、少年は次第にそれ以外に理由があることに気付いた。
「あれがロンド家の・・・。」
「公爵令嬢か。」
「顔はいいが、作法がな・・・。」
「金はあるくせに、主席にもなれないのか。」
「「「ロンド家のおてんば令嬢。」」」
そう言われて、改めて目の前の少女を観察する。
「あんたの名前、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎っていうんだ。いい響きじゃん、ってきゃぁっ!」
よそ見をしながら食事をしていたせいか、彼女は盛大にグラスをひっくり返した。テーブルクロスに染みが広がる。
( 確かに、作法はなってないな。不快なほどではないが。)
口いっぱいに頬張りながら、慌てて手を振り回す彼女に、そっとナプキンを差し出す。
「んあっ、ありがと。」
ナプキンを受け取り、あたふたとこぼしたものを拭き始めるアメリア。しかし、周りの者は誰も助けようとしない。
( なんで作法が多少悪いくらいでこんなに嫌われるんだか。)
少年は、自分がアメリアに惹かれていることに気づいた。「助けてやりたい」と、そう思った。
少年はナプキンを取り、拭くのを手伝った。すると、アメリアの手が止まった。
「・・・どうしたの?」
「いや、手伝ってくれるなんて思わなかったから。」
目をいっぱいに見開いて、本当に驚いた表情をした彼女を見て、悟った。
( ああ、そういうことか。胸くそ悪い。)
周りの奴らが手を貸さない理由。わかってみれば、簡単なことだった。
( 自分を卑下しないと、自尊心を保ってられないんだな。ああいう奴らは。)
少年は、眉をひそめた。
「君は、いや、違う。お前は、文句を言わないのか?」
( こいつの前でなら、素で居てもいいかもしれない。)
ずっとかぶり続けてきた、優等生の仮面を取る。アメリアはまたしても驚いたような顔をしたが、すぐに表情を和らげた。その顔に、少しだけ影が差した。
「ううん、いいの。あたしは所詮、『おてんばお嬢様』なんだから。縛られるのが嫌なだけなのに、貴族って難しいのよ。あたしはロンド家の顔なんだから。」
周りに人が居ないからか、彼女は少しだけ饒舌になっていた。頬を紅潮させて、喋り続ける。
「ほんとはね、あたしだってもっと自由に生きたいのよ。でも、ロンド家に生まれたんだもの。仕方ない。結局あたしは、檻の中の小鳥のままで一生を過ごすの。」
憤りが、少年の心に芽生えた。
( ふざけるな。まだ年端もいかない子供が、何故こんな風に言われなければならない。)
自分自身も同じ年の子供であることを忘れ、机に拳をたたきつける。
「どうしたのよ。急に台パンなんて。主席がそんなことしていいの?」
目にかかった銀髪を払いのけ、アメリアはおかしそうに笑った。
「一緒だ。俺も、お前と同じ。優等生の面をかぶった、ただのクズ。」
言っているうちに自分でもおかしくなり、自嘲の笑みが漏れる。そんな少年の金髪を、アメリアの細い指がくしゃくしゃとかき回した。
「あんたもいろいろと苦労してんのね。」
「お互い様だ。」
「・・・でも、あたしだけは知ってる。あんたが優しい奴だってこと。見ず知らずの泣いてる女の子に、声をかけることのできる奴だってことを。」
「だから、優等生ぶってるだけだ。」
目の前の話を聞かない少女に、今度は素直な笑みを向ける。アメリアも、今度は陰りのない笑みを浮かべた。
と、そこに司会者の大きな声が響いた。
「皆さん、パーティーは楽しんでいただけているでしょうか!ここからは、ダンスタイムです!」
( ああ、ダリィ。)
噂は聞いていたが、嘘であって欲しいと思っていた。一応ダンスの練習はしてきた。貴族用のダンス教室は警備がしっかりしていて、覗くのに苦労した。
少年は貴族ではないが、主席である。そのため、ダンスのお誘いは多数。しかし、次席であるアメリアは誰からも誘いを受けなかった。
「あたしはいいから、行ってきなさいよ。有名な貴族家とお近づきになれるかもよ?」
再びその整った顔に、影が差す。
無性に腹が、立った。
「行くぞ、アメリア。」
彼女の冷たい手を引いて、立たせる、
「ちょっ、なにすんのよ。」
「踊るぞ。俺と。」
「えっ、何で・・・!」
戸惑う彼女を連れ、会場の中心へと向かう。と、そこに一人の少女が立ち塞がった。
「主席の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さんですよね?そんなおてんばより、私と踊りませんか?」
その少女は自信満々に、アメリアを侮辱して、手を差し出した。
「・・・。」
「あ、あたしはいいよ。行ってきな?」
アメリアがそっと手をほどき、一歩後ろに下がる。
( やっぱり、おかしい。アメリアが責められる理由なんて、どこにもない。狂ってるのは、貴族界だ。)
自信なさげに引っ込められたアメリアの白い手を、がしっと掴む。
「僕の友人を悪く言うのは、やめてくれないかな。君たちの印象が悪くなるだけだ。」
「なっ・・・!」
まさか断られるとは思っていなかったのか、名も知らないどこかの令嬢の目が大きく見開かれる。
「アメリア、行こう。」
「なんで・・・。」
「大体、お前の家よりも有名な貴族なんていない。」
ぽかんとしたままのアメリアの手を引き、会場に踏み入る。
「あなたはわかってない!そんな人と一緒に居ると、あなたまでのけものにされますよ?私なら・・・!」
背中に浴びせられる捨て台詞に、振り返ることなくこう返す。
「ありがとう、心配してくれて。でも、僕は付き合う友達は自分で選ぶから。だから、だまっててくれ。」
背後でまた何か言う声が聞こえたが、無視して歩みを進める。
「アメリア、お前、踊れるな?」
「え、い、一応?」
「合わせてやるから、ほら。」
そう言い、少年はアメリアの手を引いて踊り始めた。最初のうちは戸惑ったような顔でされるままになっていたが、次第にその白い頬に赤みが差し始める。
二人が回るたびに、その美しい金髪と銀髪が光を反射し、見る者の目を奪った。
音楽が遠のいていく。
「・・・って、ねえってば。」
「・・・なんだよ。」
アメリアの声で、意識が現実に引き戻される。
「その、一緒に寝てもいい?」
「はぁ?お前何言ってんの?」
「だって、帰るの暗くて怖いんだから仕方ないじゃん!」
彼女は少年の膝の上から頭をどけ、当然のような顔をして少年の布団に潜り込んだ。
「木に登ったはいいものの、下りれなくなってる猫みたいだな。」
「うるさい!いいから!」
「はぁ、仕方ねえな。」
少年自身も布団に入り、アメリアの手を握る。
「明日の朝早くに部屋に戻れよ。バレると面倒だ。」
「わかってるってばぁ・・・。」
ものの数秒で、また寝息が聞こえ始めた。まだ眠くないので、寝るまでの間でレイスにどう謝罪させるかを考えることにした。
( どうにかしてあいつを、アメリアと二人きりにしなければ。どうやって怪しまれないように呼び出すか。あいつは用心深い。何か自然な理由をつくらなくては。)
うなされているのか、アメリアが強く手を握った。安心させるように握り返す。次第にまぶたが重たくなってくる。眠りに落ちる直前のはっきりしない意識で、少年はアメリアの顔を見た。
( こんなにきれいで明るい奴が、何であんな風に嫌われなきゃいけないんだよ。)
続いて、こう呟く。
「俺が絶対に、護って、やる・・・。」
意識は完全になくなり、少年は深い深い眠りに落ちていった。
少年が音のしない寝息を立て始めた頃、アメリアの目がぱちりと開いた。少年の金髪を、その白い指で起こさないようにそっと梳く。
「知ってるよ。あんたがずっと、あたしのこと護ってくれてるってこと。」
そして、そっと少年の額に口付ける。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎がよく眠れますように。」
静かな風が、夜の静寂を乱すことなく吹き抜けた。
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