第一章 14話 「秘密協定」
久々の日常会です。
前回の戦闘との温度差がすごいですが,今回は穏やかな気持ちでどうぞ。
雷はいつも通り迷宮の出口へと向かっていた。最後の角を目前にして、一度立ち止まってそっとその先を覗く。最近は油断しているとすぐに愛美が飛び出してきておどかしてくるのだ。
最も、驚かすことに成功した時の彼女のドヤ顔ほど見ていてウザくないドヤ顔もないが、やられてばかりと言うのはやはり少しばかり不満が溜まる。
そう思い、曲がり角を先に確認したのだが、そこに愛美はいなかった。不意に、自分のしている行動がどうしようもなく滑稽に思えてきて慌てて歩き出す。と、その瞬間、
「わぁ〜っ!」
大きな声と共に愛美が後ろから飛びついてきて、雷は危うく心臓が止まりかけた。
「ふふ、驚いたでしょ?」
頬を淡く染め、こちらを大きな瞳で見つめる彼女と目が合い、不機嫌な顔を作ろうとした表情筋が崩れてしまった。
「なに?にやにやしちゃって。」
自身もにんまりとした笑みを浮かべながら聞いてくる愛美を見て、やはりどうしても不機嫌な顔を作ることはできなかった。
「なんでもないよ。おはよう、愛美。」
雷のその言葉に彼女は疑わしげに眉を寄せていたが、結局笑みを浮かべた。
「まあいいや!ねぇ、学校まで一緒にお話ししよ?」
そう言って再び、顔を覗き込んでくる。
やはり、近い。全く不快には感じないのだが、何度考えても愛美の雷に対する距離感は異常に近い。それは、雷がただ一人の秘密を共有できる相手だからなのか、それとも、何か特別な感情があるのか。
それを確かめることは、雷にはできなかった。
愛美と話しながら歩いているうちに、やがて学校が見えてきた。そこで、一つのことを思い出す。
「愛美、もう悪魔はいない、よね?」
恐る恐る尋ねたが、その心配は杞憂に終わった。
「大丈夫!もう学校にいるやつはみんなやっつけたよ!」
その言葉を聞き、大きく息をつく。正直なところ、また生徒が巻き込まれるのではないかと気が気でなかった。そんな雷の心配を見抜いたのか、愛美はそっと彼の手に触れた。
「大丈夫。もし悪魔が出たら、わたしがなんとかするからね。」
そう言って微笑む彼女に、またしても鼓動が騒ぎ始める。
「ん?雷くんどうしたの、顔赤いよ?」
答えを知っていてなおとぼける彼女に、不快な感情は浮かばない。
「何でもない。行こう。」
手に残る温もりに幸せを感じながら、雷はいつものように校門をくぐった。
掃除が終わり、昼休憩がやってくる。今日は委員会の仕事もなく、教室に純也も愛美もいないので珍しく暇だった。しばらく悩んだのちに、読書をすることに決める。
すると、不意に後ろから声をかけられた。
「ねえ真雲、ちょっといい?」
「浅野さん、どうしたの?」
「浅野でいいよ。ちょっと話したいことがあるんだけど。」
佳奈に話しかけられ、雷は振り向いた。すると、珍しく顔を赤らめている彼女の顔が目に留まった。
「・・・大丈夫?調子悪いの?」
「違うわよ!・・・真雲、あんた愛美のこと好きよね?」
突然の爆弾発言に、雷は思わず椅子ごと後ずさった。
「な、なにを言ってるんだ?意味がわからない・・・」
「隠しても無駄。顔に書いてあるから。」
「・・・何が目的なんだ?」
そう尋ねると、佳奈はまたしても言いにくそうに顔を伏せた。
「・・・でしょ?」
「なんて?」
「あんた、風間と仲良いでしょ?」
「え、あ、うん。」
予想外の言葉に、返事が遅れた。
( あ、そういえば浅野さんって多分純也のこと好きだよな。)
「さては純也との接点を作りたいだけだな?」
雷の指摘は図星だったようで、佳奈は黙ってそっぽをむいた。その様子がおかしくて、雷は笑いを堪えるのに苦労した。
「いいよ、それくらい。浅野の恋愛を手伝ってあげよう。」
「え、ほんと?」
「うん、でもその代わり、僕の恋路も応援してくれよ?」
「当たり前じゃん。元々見てて面白いから応援してたし。」
「はは、なんだよそれ。」
二人はどちらからともなく手を差し出し、握手を交わした。こうして、誰も知らない秘密の協定が結ばれた。と、そこに、
「佳奈ちゃん、雷くん、どうしたの?悪そうな顔して。」
「雷と浅野か。珍しい組み合わせじゃん。」
愛美と純也が一緒にやってきて、雷と佳奈は慌てて離れた。
「「変な人たち。」」
純也と愛美が綺麗にハモり、二人が顔を合わせて微笑する。それを見て、雷は少し複雑な気分になった。
「さ、愛美、真雲と一緒にあっちに行きな?」
佳奈が愛美の背中を押し、雷の方に追いやる。不思議そうな顔の愛美を連れ、雷はひとまず図書館に向かうことにした。この時間帯はあまり人がいないので、秘密の話にはちょうどいい。
「ちょっと、どうしたの?雷くん。」
愛美が不思議そうな顔で聞いてくる。しかし、雷は速く離れようと焦ってその言葉を聞き逃していた。
「ねえって、ば!」
「ふぁっ!」
突然背後から抱きつかれ、その柔らかい感触とぬくもりに思考が停止する。
気付かないうちに足が止まっていたようで、愛美が背中をぐっと押した。
「ねえ、わたしに話せないこと、何かあるの?」
桃色に妖しく輝く瞳が大きく見開かれ、顔がぐっと近づけられる。思わずごくりと唾を飲み込むと、愛美はいたずらっ子のような笑みを口の端に浮かべて迫ってきた。一歩下がると、背中が壁にぶち当たる。
「話してくれる?」
半ば命令のような口調。しかし、不思議とそれに対する反感は湧かない。
「・・・君のことが、好きだからどうしたらいいかって浅野に相談してた・・・。」
( やばい!何で正直に言っちゃったんだ!)
言い訳を考えたはずなのに、何故か口から飛び出したのは本音だった。慌てて口を押さえ、そっぽを向く。愛実の目が、大きく見開かれ、そして、
「・・・もうっ!冗談でもそんなこと、言わないのっ!」
彼女は顔を耳まで真っ赤にして頬を押さえ、俯いてしまった。
( ん?あれ、冗談だと思われてる?)
思いがけない奇跡に胸をなで下ろしながらその場を離れようとして、愛美に行く手を塞がれる。
驚いて彼女の顔を見ると、愛美は真っ赤な顔で精一杯怒りを表現していた。
「あんまりからかうとわたしだって、怒るんだよ?」
「ちょっ、何して・・・!」
次の瞬間、抵抗する間もなく肩を引き寄せられ、耳に湿った熱い感触が一瞬だけ触れた。
( えっ!?今、何されて・・・)
「次またからかったら、めっ、だからね!」
耳元で小さく囁かれ、熱い息がかかる。
( 今、キスされ・・・っ!)
雷は足から力が抜け、その場に座り込んだ。それを見届けると、愛美は踵を返して歩いて行ってしまった。
( 今のって、嫌われ、てはいないよな?だってあんなことされたし・・・)
「浅野~!僕は本当にどうしたらいいんだよ!」
彼の魂の叫びが、誰もいない廊下に響き渡った。
◇
愛美の急接近に完全に舞い上がっている雷は、全く気付かなかった。
踵を返した後に小悪魔な笑みを浮かべ、そっとこちらを覗いていた愛実の姿に。
「ふふ、からかわれたから、からかい返しちゃった。」
そう言って唇を舐め、こっそりと立ち去ろうとした愛美は、自分の胸で強く響く「音」に気付いた。
( なんか、すっごくドキドキする。わたしって、もしかして雷くんのことが・・・)
「・・・っあ!けほっ、けほ・・・!」
突然の吐き気に、愛美はうずくまった。
( 大丈夫、落ち着いて・・・!)
引きつる横隔膜を無視して、大きく深呼吸をする。三回も呼吸を繰り返すうちに、吐き気は次第に引いていった。
( ううん、余計なことは考えないの、愛美。雷くんは、わたしの大切な友達。今はそれでいいの。)
全身を揺らす鼓動は、いつの間にか平常に戻っていた。
不穏?気のせいです。




