第一章 6話 「日常」
「はぁ〜。」
雷は部屋に入るなり大きなため息をついた。
鉛のように重い体に負担をかける鞄を肩から外し,床に投げ捨てる。そのまま流れるようにベッドにダイブする。
ーやっちまったなぁ。流石にあんな風な態度を取ったんだ。絶対に嫌われた。
右手を額に当て,目を閉じる。心を鎮めるつもりが,愛美の寂しそうな微笑みだけが頭の中でいつまでもぐるぐると回り続けて消えてくれない。
ひとりぼっちの彼女をひとりにさせないために戦っているはずだというのに,彼女にあんな顔をさせてしまうなんて。
「はぁぁ〜。」
もう一度特大のため息をつき,雷は何度も寝返りをうった。
どすどすというわざとらしい足音が響き,雷の部屋の前まで来ると止まった。その足音の主が誰なのか,雷にはわかっている。舞衣はおそらく,雷が扉を開けに行くのを待っているのだろう。
いつもなら甘えん坊の妹に付き合ってやるが,今日はそんな気分ではなかった。
しばらく無視し続けていると,やがて待ちきれなくなったのか舞衣はしかめっ面で入ってきた。
「お兄ちゃん?さっきからうるさい!」
「お前のがうるさい。」
「はぁ?」
「はぁ。ほっといてくれよ。」
舞衣は呆れたように雷を見下ろしていたが,やがてちょこんとベッドの端に腰掛けた。
「お兄ちゃん,ため息つくと運が逃げるんだよ。」
「年寄りみたいな説教・・・・・・」
「これでも心配してあげてるつもりなんだけど。」
ー顔はいいんだし,素直じゃなくて,口が悪いところを除いたら可愛いはずなのにな。何でこんなに言い合いになるんだろう。
雷は一度大きく息をつくと,心を落ち着けてからもう一度妹に向き合った。
「まあ、ありがとう・・・・・・」
すると,素直になれない妹はとてつもなく驚いた顔をした。
「お兄ちゃんが素直にお礼言うなんて,明日は雪かしら?」
「お前はいつも通りすぎるな!」
「冗談だよ。・・・で?宵月さんと何があったの?」
「おまっ,なんでっ!」
悩みをドンピシャで当てられ,何も言えなくなる。
「あれ,あってた?適当に言っただけなのに。」
「・・・・・・。」
「まあまあ,話してみなさいよ。全部吐いて楽になっちゃいなさい!」
取り調べのような言い草に閉口しつつも,なぜか嫌な気はしなかった。
先程の出来事を悪魔のことには触れずに話すと,舞衣は呆れ顔になった。
「お兄ちゃん?」
「はい?」
「お兄ちゃん,モテないでしょ。」
「なんでそうなるんだよ。」
「そういうのはさ,すぐ伝えなよ。」
「・・・ハイ。」
舞衣は何か考えるように宙を見つめたが,大きく息を吐いて呟いた。
「意外と思ってることって,伝わらないものだからね。直接言ってくれた方が嬉しい時もあるんだよ。」
「そっか。ありがとう。明日,言ってみるよ。」
「・・・うん,頑張って。おやすみ。」
「おやすみ。」
なぜか複雑な表情を浮かべ,舞衣は出ていった。閉じられた扉を見つめ,まなみにどうやって話しかけるかを考えているうちに,雷は深い眠りへと誘われていった。
誰もいない広い家へと入り,足音の響く廊下を歩く。自室の扉を開け,カバンを置くと服を着替えるのも忘れてベッドに倒れ込む。
ー雷くん,あんなことしたから,怒ってるのかな。わたしのこと,嫌いになったりしてないよね?
先程の雷のどこか虚しげな表情を思い出し,布団に顔を埋める。何が嫌だったのだろう。
今まで愛美と話していてあんな表情をする男性を見たことはない。皆,愛美に好意を抱いていたからだ。雷も愛美に対して少なからず好意を抱いている。なんとなくそのことはわかっている。
だからこそ,彼がなぜあんな表情をしたのかがわからない。
ー明日会ったら,なんて言えばいいの?
気づかぬうちに眠気が押し寄せてきて,慌てて体を起こす。
「もう!着替えずに寝ちゃったらダメじゃない,愛美!」
誰もいない部屋で一人で呟くと,愛美は懸念を振るい落とすようにして制服を脱いだ。
ー大丈夫。わたしは可愛い。雷くんだってきっとそう思ってる。
鏡に映った自分を見て,そう言い聞かせる。
ー明日あったら,絶対に照れさせてあげる!
愛美はまだ気づいていない。いつもなら自分がここまで相手に執着しないことを。彼に抱いている気持ちが,相棒に抱く親近感とは少し違ったものであると言うことを。
朝日が差し込み,雷は目を覚ました。
ーしまった。制服のまま寝てた。
シャツだけ着替えてから部屋の扉を開け,1階へと下りる。下では,舞衣が朝食を食べていた。
「お兄ちゃん,おはよう。お母さん,今日は早いからもう行っちゃったよ。」
「うん。昨日聞いたよ。」
「あっそ。朝ごはんは,わたしが作っといたからね?」
「え?あ,ありがとう。」
舞衣は,パッと顔をそむけた。「素直なお兄ちゃんも悪くない・・・」みたいなことを言った気がしたが,きっと気のせいだろう。
舞衣は何も言わずに言ってしまった。手早く朝食を食べ,家を出る。
しばらく歩くと,迷宮の出口に繋がる。愛美の通る道と交わる場所だ。舞衣の言葉を思い出し,鞄を持ち直す。
ーあいつ,いつもはウザいのに,なんで僕が落ち込んでる時だけあんなに優しいんだろう。
妹のおかしな言動に首を傾げつつも細道を抜ける。その瞬間,
「おはよっ!」
「うわっ!」
突然,角で待ち構えていた愛美が飛び出してきて,雷は危うく腰を抜かすところだった。思わず数歩後ずさる。それよりも早く,愛美が距離を詰めてくる。
「えへへ,びっくりした?」
耳元でそう囁かれ,何も言えずに頷く。そっと顔を見ると,嬉しそうに笑顔を浮かべる愛美と目線がかち合う。その距離の近さに,顔が熱くなっていく。
ーなんか,距離近いな。
首を振り,余計な考えを振り払う。今はもっと,するべきことがあるはずだ。
「愛美,ちょっといい?」
愛美は首を傾げ,頷いた。だが,相変わらず距離は近いままだ。
「昨日のことなんだけど,さ。・・・ごめん。愛美は何も悪くないんだ。ただ,僕が勘違いしてただけ。だから、ごめん。」
愛美は意外といったように瞬きをしたが,やがて優しい微笑みを浮かべた。
「ううん,わたしこそごめんね。急にあんなことされたら,嫌だよね。」
ーいや,全然嫌じゃなかったけど。
思わず出そうになった本音を飲み込み,首を横に振る。すると,愛美は雷からそっと離れると,手を差し出した。
「じゃあ,行こう!学園生活を楽しもう!」
雷は頷き,その手をとった。
「そうだね。楽しもう。」
愛美は満面の笑みを浮かべると,続けてとんでもないことを言い放った。
「学校にはまだもう一体,悪魔がいるんだよね。多分,笹尾くんを操ってたのもその悪魔だね〜。だから次は,その悪魔を倒さなくちゃ。」
「・・・・・・え゛?」
「行こっ!」
雷の困惑もなんのその,愛美は彼の手を引いて走り出した。
小さな温かい手に引かれるままに,雷は考えることを諦めた。
ー今は,この瞬間を楽しもう。
久しぶりの更新となりました。
今回の話は特に暗い話ではなく,ただ雷と愛美が仲良くなるだけです。
一方,次回来る予定の黎の方は結構大変なことになってます。
(別に悪魔編が明るいとは一言も言ってない)
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追記:800PVありがとうございます!




